対談シリーズ[浅井浩一 ✕ 斉藤徹]〜悩めるミドルマネージャーたちへ〜自分で自分を孤独に陥れるな〜

福田浩至 | 2014/04/01

対談シリーズ[浅井浩一 ✕ 斉藤徹]〜悩めるミドルマネージャーたちへ〜自分で自分を孤独に陥れるな〜

上層部から降りてくる事業方針。売上目標を達成しなければと、ミドルマネージャーは成果を出すことに躍起になる。同じように、ミドルマネージャーから目標の数字を突きつけられた部下たちは、目先のことばかりに気がいってしまい、内面から成長していくことができない。映し鏡の様相だ。リーダーの強い意思がなければ、その構造を本質的に変えることはできない。

 

JTの歴代最年少支店長として、群馬県を管轄する支店に赴任した浅井浩一氏はまず、組織の置かれた状況を把握するために自ら自転車でマーケットを徹底的に調査した。低迷した業績の背景となっているずさんな活動実態が次々と明らかになる中で、「現場の事実」をもとに部下ときめ細かく対話し、共に行動する覚悟を決めた。

 

成功の鍵は、事実をもとに部下に寄り添う浅井氏の姿勢にあった。  

 

 “悩めるミドルマネージャーたちへ”と題したシリーズ第四弾、今回も伝説のリーダー浅井浩一氏と弊社代表斉藤徹の対談でお届けする。

 

【対談シリーズ 〜悩めるミドルマネージャーたちへ〜 過去記事】

 

 

上司は部下を「支援」するもの、評価は部下を「育てる」もの

 

斉藤:人事評価において、プロセスを公正に評価することの重要性に気づいた浅井さんは、部下の日頃の業務遂行状況のフォローをさらに徹底しました。ただ、「期ごとに一人ひとりが目標設定をし、目標達成のための行動プランを立て、途中経過を上司に報告、期末に上司とともに成果を振り返る」という仕組み自体は、どこの企業でも行われているものです。

 

伝説のリーダー浅井浩一氏とループス代表斉藤

浅井:やられてはいますが、上司と部下のキャッチボール、上司の寄り添い方が不十分だと感じます。部下が「今期、自分は何に取り組み、どれだけの成果を目指すか」という行動プランを立てますよね。私はこれを”自己宣言”と呼んでいますが、この自己宣言の作成段階から、上司は部下ともっと寄り添い、きめ細かく対話して、具体化の支援をしていかなければいけません。

 

前期を振り返る時、何が問題で彼・彼女が期待された成果が得られなかったのか、一緒になって分析し考える。本人が抱えている課題を引き出し、明確化・顕在化させた上で、改善するためのヒントを差し出したりしながら、最終的には本人に自己宣言を図らせる。そこまで上司が寄り添って初めて、中身のある自己宣言が生まれるわけです。

 

そしてそのためには、彼らが働く現場で何が起こっているのか、事実を掌握しておく必要がある。彼らを支援するための材料・情報は、現場にしかないからです。現場を見ないで判断だけを下すのは、医師が患者を問診もせずに診断・投薬するのに等しい行為でしょう。

 

「PDCAサイクルのCは”check”の意味ですが、Cを”communication & care”と考えるのが浅井流」と語る浅井さん斉藤:普通、上司と部下には、「評価する人」と「業務を遂行する人」という完全な区分けがある。しかしそれでは、上司はたんなるチェッカーにすぎない。そうではなく、部下の支援こそ上司の役目なんだと。人事評価というのも、結局は部下を育てるための機能だと。その観点はとても重要です。

 

手取り足取りの手厚いケアですが、浅井さんは評価面談にはどれくらい時間を割いていましたか。前期の結果を分析し、一緒に目標を作るとなると、かなりの時間が必要かと思いますが。

 

 

浅井:テンポよく進む部下の場合で2時間。いろいろと課題を抱えていて、かなりの手ほどきを要する部下の場合には4〜5時間といったところでしょうか。

 

斉藤:半日かかるわけですね。そこからして、根本的に違うなぁ。普通の上司の数倍はかけている。ただでさえルーティンワークに追われているのに、部下との対話・面談なんて極力最小限にさくっと済ませたい、というのがおおかたの本音でしょう。浅井さんは、部下に対しての時間の割き方も情熱のかけ方も桁違いですね。

 

 

伝わらないなら、伝わるまで話し合う

 

浅井さんの”communication & care”というスタイルに関して、詳細をヒアリングするループス代表斉藤斉藤:しかし、支店長として赴任した高崎支店において、事実に忠実にプロセスを評価したところ、その結果は散々だったとのことでした(前回の記事 成果かプロセスか、評価方法は部下自身から引き出す 参照)。

 

浅井:具体的な数字でいうと、本来なら上位約10%がもらえる良い評価を、約4%にしかつけませんでした。逆に、下位約10%に相当する悪い評価は約14%。恣意的にやったわけではなく、プロセスの評価を真摯に行ったところ、そうなってしまった。ウミを出し切るつもりで強行しました。

 

斉藤: この結果を受け、浅井さんは何から手をつけたのでしょう。

 

浅井:やるべきことをみんなで話し合いました。その過程で、どこまで緻密にやるべきことを決めたところで、百人が百様の受け止め方をする、つまり解釈の仕方にばらつきが生じるという事実が浮き彫りになりました。発信したことが自分の思惑どおりに全員に伝わると思ったら大間違いだと、互いに気づいたわけです。上から指示された売上目標や経営方針をそのまま部下に投げても、てんでバラバラに解釈しているということ。

 

「やるべきことをみんなで話し合った」と語る浅井さんですから、共有したい内容をメンバー全員が確実に理解できるレベルまで落としこんで明確にし、伝わらない場合には全員が納得できるところまで話し合わなければなりません。さらに、伝えたことを部下が実際に実行できているか、自分の目で確認しなければいけません。言葉で伝えたことが、その通り行動に現れるとは限りませんから。

 

もし違っていたら「この指示はそういう意味じゃなくて、こういう意味なんだよ」と再度話し合う。ひたすら対話を繰り返し、コミュニケーションギャップを埋めていきました。

 

 

斉藤:高崎支店共通の価値観を作り上げていったわけですね。営業員にはどのような変化がありましたか。

 

浅井:「与えられた使命を自分がどう判断してどう仕掛けるべきか」を考えることが習慣化し、課題解決能力が高まっていきました。また、悪いところを隠さずに申告する風土が生まれ、組織が正直になり…そうなると面白いもので、目標を達成できない部下の数がどんどん減ってきました。

 

もうひとつ面白いのは、部下の自己評価の精度が高まったことです。評価査定の際、上司がつけるプロセスの評価とは別に、本人が自分の行動を振り返って評点をつけるんですが、その評価が、上司である私が考える評価とだいたい一致するようになったのです。つまり本人が一番よくわかっていて、私が評価するというより、もはや評価すらも自らが下すような状態になっていったということでしょう。

 

斉藤:それまでは、受けた命令をそのままこなすだけだった。でも、プロセスをしっかり評価し始めて、本来こうすべきだという本質的な部分に一人ひとりが気付き始めた。浅井さんは傍らに寄り添い、一緒になって解決の糸口を探してあげる。継続して対話し、とことん付き合う。当たり前のようでいて、そこまでやれているマネージャーは滅多にいません。

 

浅井:その工程が完全に抜け落ちている企業を、私はいくつも見てきました。

 

 

社内規程を無視し、本社に差し出した文書

 

斉藤:そして1年後に、高崎支店はひとりの落ちこぼれを出すこともなく、突出した成績を叩き出したわけですね。ところで、最初に散々な成績をつけた時、5段階評価の配分のウェイトが会社で決まっているのに、浅井さんはそのルールを無視したということですか。

 

ループス代表斉藤と伝説のリーダー浅井浩一氏

 浅井:そうです。実は私はその際、本社に次のような趣旨の文書を内密に差し出しました。

 

「会社の規定を大きく逸脱して悪い評価をたくさんつけました。でも、これは部下と話し合ってのことです。このままでは、高崎支店はいつまでたっても落ちこぼれ集団から這い上がることができません。この状態が翌期も続くとしたら、それは管理職の責任です。現地の労働組合にもすでに説明をし、了承をもらっています。説明に来いと言われれば私はいつでも参上します。説明責任を果たします」

 

結局、本社からは何も言ってきませんでした。同様に、1年後に会社初となる全員標準以上の成績をつけたときも、「なんだ、このお手盛りは」というような本社からの注意は一切ありませんでした。

 

斉藤:浅井さんの強い決意が伝わったんですね。

 

浅井:一人ひとりの評価に対して、何を聞かれても納得の得られる説明をきちんとできるだけの自信がありました。本社の人間もそれがわかったのでしょう。ちなみに、これは営業所長時代の話ですが、私は、5段階評価の全部の評価を営業員につけた、JT史上唯一の営業所長と言われているんですよ。

 

斉藤:5段階だと普通は、真ん中の3つに集中させてしまうのでしょうね。

 

浅井:一番上と一番下をつけるのには勇気が要ります。特に下は、なんで自分はこんな評価なのかと反発されかねませんし。

 

斉藤:相手も納得ずくなわけですよね。

 

浅井:それができたのは、部下と真剣に向き合っているからです。「公正に評価したらこうなったけど、今回はしかたないな。だけど翌期は絶対に上にいこうな」と、2人で腹を割って話せるからでしょう。

 

 

変革には「猶予期間」が必要だ

 

斉藤:この話はまさに、コロンブスの卵だと思います。売上や利益を求められると、人はまず結果に直結するような施策を打ち出そうとします。結果を変えるために内側を変える、アウトサイドインです。でも内側から変えていく、インサイドアウトが本来の姿です。価値観を明示して、仲間との関係性を深める。それがなかなかできない。

 

「一人ひとりの評価に対して、何を聞かれても納得の得られる説明をきちんとできるだけの自信がありました」と語る浅井さん浅井:目先の数字だけに飛びついていたら、組織を持続的に良くしていくことはできません。変革にはそれなりの時間がかかります。「1年、2年は猶予を見る。業績を度外視して、人間・組織を成長させてくれ。それができたら、継続的に業績を出せる組織にしてやってくれ」というトップの意志が、きちんと発信されるべきです。支店長が代わったら元に戻ってしまった、では意味がない。自分が抜けた後もそのDNAが長く息づくよう、あえてつらい時期を送ったのです。

 

結局、上級幹部であろうがみんな被害者で、会社ぐるみで映し鏡になっている。トップに最終責任を負う覚悟がなければ、そして、その覚悟を明示しなければ、変革などできるわけがありません。

 

ただし、全てが会社のトップの責任かというと、そこまでは言い切れません。トップが現場の隅々まで見届けることは不可能ですから。ただ、覚悟を持って変革を推進する使命に燃えたリーダーが必要だということをトップから発信してもらいたい。そしてサポートしてもらいたいですね。リーダーも苦しいですから。

 

高崎時代、支店の成績がズタズタだった1年間、私は支店長会議で周囲からボロクソに言われていました。「あいつもその程度だったな」「鳴り物入りで行ったはいいが、成績は鳴かず飛ばずだったな」と。それはもう針のむしろでした。さすがの私もヘコむ日々が続きましたよ。でもその時に支えてくれたのが、ほかでもない部下です。

 

斉藤:部下と本音で価値観を共有できたからこそ、1年間持ちこたえられたのでしょう。リーダーは孤独だとよく言われますけれど、部下と向き合う気持ちがあれば…。

 

浅井:孤独をつくっているのは、自らのコミュニケーションスタイルです。自分で自分を孤独に陥れているだけ。変化の厳しい現代において、ひとりの英断でできることは極めて限られています。

 

斉藤:上司の方から寄り添っていけば、部下は自ずと動いてくれますからね。

 

浅井:先日、日本人初の国際宇宙ステーション船長に就任した若田光一さんの就任記者会見を見ました。その中で「船長のミッションは何ですか?」と問われた若田さんが、「船員が活動しやすい環境を整えることです」と答えていたのが胸に響きました。マネージャーのミッションも同じ。主体はあくまでも、現場で動くメンバーなのです。

 

 

悩みの尽きないミドルマネージャーに向けて、浅井さんがガツンと力強いメッセージを届けてくれる予定です。次回もお楽しみに!

(構成・文:石橋真理)

 


 

プロフィール紹介:浅井 浩一(あさい こういち) 

 

 1958年生まれ。大学卒業後、JT(日本たばこ産業)に就職。「勤務地域限定」の地方採用として入社。「どんなにがんばっても偉くなれない立場」から、キャリアをスタートさせる。日本一小さな工場勤務での、きめ細かなコミュニケーションを通じた働きぶりを買われ、本社勤務に。その後、営業経験がまったくない中で、全国最年少所長に抜擢され、リーダーとしての一歩を踏み出す。

 

「一人の落ちこぼれも作らず、チームが一丸となるマネジメント手法」により、職場再建のプロと称され、歴代最年少の支店長に大抜擢。31支店中25位より上位の成績をとったことがなかった支店を連続日本一に導くなど、数々の偉業を達成。

 

2001年より日本生産性本部(経営アカデミー)で多くの企業幹部を指導。マネジメントケアリストとして現在、「人の本質に根ざしたマネジメントの実践」をメインテーマに、業種を問わず、数多くの企業、大学、ビジネススクール、各種業界団体、NPO団体、行政機関等で幅広く講演、コンサルティング、学会での提言活動等を行う。

 

著書「はじめてリーダーになる君へ」(ダイヤモンド社)はAmazonリーダーシップ部門で1位を獲得。

 


 

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1 件のフィードバック

  1. moronbee より:

    "そうではなく、部下の支援こそ上司の役目なんだと。人事評価というのも、結局は部下を育てるための機能だと。その観点はとても重要です。"

AUTHOR PROFILE

  • 著者:福田浩至

株式会社ループス・コミュニケーションズ副社長、博士(情報管理)

多数の企業にて、ソーシャルメディアの効果的かつ安全な運営を支援しています。 特に、企業のソーシャルメディア活用におけるルール「ソーシャルメディア・ポリシー」策定や啓蒙教育など積極的な守りの仕組みづくりが専門領域です。

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