対談シリーズ[浅井浩一 ✕ 斉藤徹]〜【最終回】悩めるミドルマネージャーたちへ 〜 利口になるよりバカになれ

福田浩至 | 2014/05/12

対談シリーズ[浅井浩一 ✕ 斉藤徹]〜【最終回】悩めるミドルマネージャーたちへ 〜 利口になるよりバカになれ

中間管理職になりたがらない若者が増えている。一方で、中間管理職の死亡率がここ数年で急増しているという。 中間管理職はそんなにも辛い立場なのか。甘んじて受け入れ、ただ耐えるしかないのか。

 

「そんなことはない。誰でも、どんな組織でも変われるはずです」

そう力強く否定するのは、日本たばこ産業の中間管理職として辛酸を嘗めてきた浅井浩一氏だ。

 

浅井氏と弊社代表斉藤徹の対談でこれまで4回にわたってお届けしてきた「悩めるミドルマネージャーたちへ」シリーズも今回の記事で最終回。膨大な業務を抱え、孤独に耐える中間管理職層の読者に向けて、ますます息が合ってきた2人が、負のスパイラルを抜け出すヒントを語る。

 

 

「結果」を出発点にしている限り成長は望めない

 

斉藤: 上司と部下に挟まれた中間管理職にとって、上司がこういえば部下がこういう、「あちらを立てればこちらが立たない」というトレードオフの図式は、避けよう のないものです。「課長職の悩み」の常連として、部下の育成や評価、部下とのコミュニケーション、成果に対するプレッシャーなど、組織の人間関係に関する 問題があがりますね。

 

課長としての悩み(経団連の報告書「ミドルマネジャーをめぐる現状課題と求められる対応」より)

 

ボスからは「業績を上げろ!」と発破をかけられる。もとから過大な目標で、部下に任せられずに自分が動いてなんとか帳尻を合わせる。部下育成にはとても手が まわらない。がんじがらめの悪循環です。「結果を出せ」というプレッシャーが強いため、中間管理職は結果を作り出すことばかりを考えているからです。アプ ローチやプロセスはさておき、とにかく数値目標さえ達成できればいいと。悲劇の始まりですね。

 

浅井:予算表をふりかざして、部下に「やる気を出せ」と吼える。それで業績が上がるのならいくらでも吼えればいいでしょう。でもそれでうまくいかないから、悩みが深まるのです。

 

マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱した「成功循環モデル」 がその構造を端的に示しています。結果が出ないことに焦った上司は、やり方が悪いと考え部下の行動を統制しようとする。部下は「言われたからその通りやる だけ」という受け身の姿勢になり、自発的な行動をしなくなる。結果は出ず、納得できない指示に対する不満や上司への不信感を、部下はますます募らせる。

 

「結果の質」の低下が「行動の質」「思考の質」「関係の質」を連鎖的に落としていく、バッドサイクルの様相です。この状態でどんなにあがいても、這い出すことはできません。

 

 

負のスパイラルから抜け出す唯一の方法〜「回転を逆にする」

 

浅井: 本来あるべきフローはその逆なんです。まずは上司と部下が互いに向き合い一緒に考えるところから始める。膝を突き合わせ、腹を割って話し合い、弱みも見せ 合う。次第に認め合う気持ち、助け合う姿勢が生まれる。部下は仕事に前向きになり、自ら考え、動くようになる。そうして良い結果が出るわけです。「関係の 質」「思考の質」「行動の質」ときて最後に「結果の質」につながる。これがグッドサイクルです。

 

ダニエル・キムの「成功循環モデル」

成功循環モデル

斉藤:一番遠く見えるところから始める。遠回りのようだけれど、部下との関係の質を高めることから始めるアプローチこそ、実は一番確実な方法なんだと。しかし、バッドサイクルに陥った組織をグッドサイクルに戻すのは至難の技ですね。浅井さん、そんな経験はありますか?

 

浅井: 私はもともと、頑張っても偉くなれないノンキャリアの立場でいながら、若くして高崎の支店長に抜擢されました。2002年のことです。直接の部下となる営 業所長はみな私より年長、しかも営業現場で叩き上げられたリーダーです。残念ながら私は歓迎されていませんでした。それどころか、高崎支店の面々は、今度来る浅井というのはどんなヤツだと身構え、戦々恐々としていたのです。

 

私は気負っていました。着任するとすぐ、部下の共感を得ようと率先して自ら現場を回りました。その甲斐あって、ある店舗のオーナーと直接お話でき、競合に変 えて当社のタバコをおいてもらう交渉に成功したのです。支社に戻った私は、その店舗の担当者に机の上に「リプレースの交渉が成立したので、あとはよろし く」とメモをおきました。

 

その直後、その担当者の上司からかかってきた電話を今も忘れることができません。

 「なんてことをしてくれたんですか!」

彼 は大変な剣幕で、リプレースを背景を説明してくれました。その担当者は、弊社に反感を持つオーナーと信頼関係を築こうと、時間をかけて何度も足を運んで頑張っていたのです。その懸命の努力が報われる直前に、私は支店長の名刺を出し、その得意先の経営者とさっさと話をつけてしまったのでした。それで部下の努力は台無しになった。これにはさすがに落ち込みました。

 

浅井浩一氏一 方で、成績不振が続く高崎支店のテコ入れを浅井に任せようという上層部の目論見があり、支店長会議では「基本なんて言っていないで、早く会社の重要課題に しっかり取り組め」と私は叱咤され続けました。浅井に何ができるんだと陰口が自分の耳にも聞こえてくる。そんな疎外感でリーダーの孤独が身にしみたころで す。

 

叱咤が続いた会議のあと、仕事帰りに飲んでいる席で、私は思わず部下にこぼしました。

 

「上層部も他支店の連中も、やっぱり浅井じゃダメじゃないかと非難轟々だ。俺のやり方はやっぱり間違っているんだろうか。俺も会社員だし、上の言うことを聞いて予算達成を最優先に取り組むべきかもしれないな」

 

その時、部下から返ってきたのは思いがけない言葉でした。

 

「そんなこと言わずにやりましょう。結果を出すためには基本が大事なんだ、基盤から建てなおす必要があるんだという浅井支店長のメッセージの意味が、俺たちはようやくわかりかけたところなんです。ここが辛抱どころじゃないですか」

 

上からも下からも責められて精神的に苦しんでいた私の助けてくれたのは、その一言でした。彼らも今までの結果主義に悩んでいたんだ。言葉に出せずとも、私の方針に賛同して動いてくれていたんだ。そう思うと、涙がでそうになりました。我慢できずに吐いた愚痴から、私と部下の間に信頼関係が芽生え始めたのです。

 

斉藤:部下との「関係の質」が高まり、浅井さんはそこを起点に一気に巻き返しをはかり、1年後に大きな成果を出しましたね。

 

浅井:部下に力をもらった私は、再度、支店内にグッドサイクルが根づくよう活動をはじめました。バッドサイクルに陥った組織を再生させるために徹底したのは、次の5つの行動です。

 

  1.  メンバー全員が階差なく確実に実行することができるレベルまで、やるべきことを具体化・明確化する。
  2.  「やるべきこと」がメンバー全員の腑に落ちるまで、コミュニケーションを繰り返し確実に共有する。
  3.  「やるべきこと」がどこまで遂行できているか、随時確認(モニタリング)する。モニタリングの手段の選択、情報の精度の確保を十分考慮する。
  4.  できていないことを見極め原因(真因)を把握し、支援体制を整える
  5.  個々の原因(真因)に対し、的確な対策を迅速に施す。

 

これらのステップを確実に実施するためにもっとも大切なのは、組織で働くための基本中の基本、すなわち、①正直さを大切にする②基本行動を大切にする③自分の力をみんなの力にするという意識を持つ、をメンバー全員に身につけてもらうことです。ここがすべての土台であり、ここをしっかり地固めしておかない限り、組織を一体化させることはできません。

 

斉藤:組織の大小や種類にかかわらず取り入れられる普遍的なプロセスですね。また土台となる3つのポイントは、どれも社会や組織の一員として以前に、ひとりの人間として大切なことです。

 

支店長時代に壁に貼っていたポスター「人と現場から学んだ大切なこと」浅井:私の講演でもたびたびご紹介しているのですが、このプロセスをまとめた図があります。これは高崎支店長時代に作成し大きく印刷して、自分の席から見やすい壁に貼っていたものです。時代が変わっても組織が変わっても、やるべき基本は変わりません。

 

斉藤:今、板挟みに悩む中間管理職の方にメッセージをください。結果主義の悪循環に陥った組織を逆回転させる。リーダーが明日から実施できる特効薬をひとつ上げるとしたら、なんでしょう?

 

浅井:強がりを捨て、見栄を捨て、素直になることです。それは私が母からよく言われていた言葉「利口になるよりバカになれ」に集約されています。道化になれということではありません。謙虚になって、自分をさらけ出して人間として相手と向き合えということです。

 

中間管理職は孤独といわれますが、その孤独を招いているのは自分自身なのです。人間は互いに助けあい、人との関係性の中で生きる生き物だということを忘れてはいけません。

 

斉藤: 浅井さんのお話をきくたびに感じるのは、人は心を持つ生き物であり、それを忘れたマネジメントは長期的には必ず行き詰まるということです。予算も大切だけれども、いや、継続的に予算を達成するためにこそ、まず部下との関係性を深めることからはじめ、仕事の基本を徹底するということの大切さを学べました。貴重な実体験に基づくマネジメントの基本をお話いただき、ありがとうございました。

 

(構成・文:石橋真理)

 

 


 

プロフィール紹介:浅井 浩一(あさい こういち) 

 

 1958 年生まれ。大学卒業後、JT(日本たばこ産業)に就職。「勤務地域限定」の地方採用として入社。「どんなにがんばっても偉くなれない立場」から、キャリア をスタートさせる。日本一小さな工場勤務での、きめ細かなコミュニケーションを通じた働きぶりを買われ、本社勤務に。その後、営業経験 がまったくない中で、全国最年少所長に抜擢され、リーダーとしての一歩を踏み出す。

 

「一人の落ちこぼれも作らず、チームが一丸となるマネジメント手法」により、職場再建のプロと称され、歴代最年少の支店長に大抜擢。31支店中25位より上位の成績をとったことがなかった支店を連続日本一に導くなど、数々の偉業を達成。

 

2001 年より日本生産性本部(経営アカデミー)で多くの企業幹部を指導。マネジメントケアリストとして現在、「人の本質に根ざしたマネジメントの実践」をメイン テーマに、業種を問わず、数多くの企業、大学、ビジネススクール、各種業界団体、NPO団体、行政機関等で幅広く講演、コンサルティング、 学会での提言活動等を行う。

 

著書「はじめてリーダーになる君へ」(ダイヤモンド社)はAmazonリーダーシップ部門で1位を獲得。

 


 

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1 件のフィードバック

  1. moronbee より:

    大賛成。"①正直さを大切にする、②基本行動を大切にする、③自分の力をみんなの力にするという意識を持つ、をメンバー全員に身につけてもらうことです"

AUTHOR PROFILE

  • 著者:福田浩至
株式会社ループス・コミュニケーションズ副社長、博士(情報管理) 多数の企業にて、ソーシャルメディアの効果的かつ安全な運営を支援しています。 特に、企業のソーシャルメディア活用におけるルール「ソーシャルメディア・ポリシー」策定や啓蒙教育など積極的な守りの仕組みづくりが専門領域です。
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