NIKE(ナイキ)のCMは企業の評判にどのような影響を及ぼしたのか?

福田浩至 | 2020/12/14

NIKE(ナイキ)のCMは企業の評判にどのような影響を及ぼしたのか?

昨秋、NIKEが発表した1本のCMが物議を醸しました。現在は削除されてしまいましたが、そのCMは11月27日にYouTubeで公開されて以降、2週間で1,000万回を超える再生回数を記録しています。YouTubeのコメントも6万件を超えました。

この話題を取り上げいてたニュース記事も数多くみられます。以下はその一例です。

 

このように、このCMについては賛否両論が渦巻いています。CMの内容に関する意見はこれらの記事にお任せするとして、本記事ではCM公開後に発生したクチコミが企業の評判に及ぼす影響を分析してみたいと思います。

 

【1】NIKEに関するツイート件数の推移

下のグラフは、Twitter上でのNIKEに関するツイート件数の日次推移を示しています。人気ブランドですので、毎日6,000~10,000件のツイートが生まれています。これが11月28日あたりから急増し、11月30日には18万件を超えています。その後、12月7日時点で概ね拡散前(11月27日以前)の水準に落ち着いているのが分かります。

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この1週間程度のツイートの拡散が、企業の評判にどのように影響を与えたかを分析してみたいと思います。なお、今回もクチコミの対象をTwitterとして、Twitterの全量データを検索・分析対象とすることが可能なソーシャルメディア・アナリティクスツール「Brandwatch」をお借りし、データ収集を行っています。

ちなみに、NIKE JAPANのTwitter公式カウント(@nikejapan)からは、11月28日に以下の投稿がなされています。これを契機にTwitter内での話題の顕著な拡散が始まっています。

※該当の投稿は現在削除されています。

 

【2】企業の評判を可視化する手法

企業の評判(レピュテーション)を定量化する手法としては、The Harris Poll社の「RQ」、Reputation Institute社の「RepTrac」、Fortune社の「World’s Most Admired Companies」などがあります。

今回はこの中の一つ、RQの考え方を使って、企業の評判への影響を分析してみましょう。RQ (Reputation Quotient) とは、Fombrunらが開発した企業レピュテーション指数です。

Charles, Fombrun J; Naomi, Gardberg A; Joy, Sever M,
The Reputation Quotient: A multi-stakeholder measure of corporate reputation,(2000)
※RQはThe Harris Poll社の商標です


The Harris Poll社が有する会員データベースより、アメリカの成人を対象にアンケート調査を行うことで、指数化する基礎情報を収集しています。3万人以上の生活者を対象とし、

① Emotional Appeal(情熱的アピール:情緒
② Products & Service(製品とサービス:製品
③ Financial Performance(財務パフォーマンス:財務
④ Vision & Leadership(ビジョンとリーダーシップ:ビジョン
⑤ Workplace Environment(職場環境:職場
⑥ Social Responsibility(社会的責任:社会的責任


この6つの領域から成る20の属性が、7段階リッカートスケールで質問され、その回答結果をスコア化しています。

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今回は、ツイートを各領域ごとに別々に収集し、それぞれの領域でのツイートの拡散状態を俯瞰してみたいと思います。

 

RQ 6領域の拡散状態

各領域の話題で使う可能性が高い単語を含むツイートを抽出するために、各領域ごとの抽出条件を設定します。

例えば、情緒領域であれば、

好き、嫌い、楽しい、楽しくない、酷い、酷くない


といった感情を示す単語を設定します。


商品
領域であれば、

シューズ、ウエア、ソックスなどの商品を表す単語や、その使用感を伝えるかっこ良い、履きやすい、欲しい 


などの単語を抽出条件として設定します。このようにして抽出した各領域別のツイート件数の日次推移グラフは下図となりました。

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絶対数では情緒領域が最大であり、特に11月30日の突出が目立ちます。トレンド方式を適用して、各領域の日別のツイートの急増度合いを示す拡散強度を求め、積み上げ棒グラフにすると下記のようになります(※)。

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※トレンド方式・拡散強度の詳しい説明は以下記事をご参照ください。

データから読み解く「#家にいるだけで世界は救える」の拡散状態

 

トレンド方式では、ツイート件数の絶対数ではなく、各領域のツイート件数の変動量を拡散強度として数値化しています。このためツイート件数は少ななくても、大幅な数値変動があった領域の数値が大きくなります。実際最大の拡散強度は、折れ線グラフではあまり目立たないビジョン領域の11月30日に記録した51.0が最大となりました。

暦日の傾向を見てみましょう。拡散強度が0でない暦日は11月29日から12月5日の7日間で発生しています。情緒領域の話題が拡散したのは11月29日から12月3日の5日間であり、特に11月30日と12月1日の2日間の拡散が顕著であったことが分かります。12月2日については財務領域、概ね鎮静化した12月3日には職場領域の拡散強度がRQの6領域中で最大値となりました。論点が変化していることがよくわかります。

 

【3】拡散を引き起こした話題の特定

冒頭のニュース記事のとおり、今回の事案は「賛否両論」があるとされています。どのような観点で賛否が分かれているのか見てみましょう。

賛否のツイート件数の推移を分析するために、RQ 6領域それぞれで賛成意見と否定意見を抽出することにしました。例えば、情緒領域の賛成意見では、

(好き OR 楽しい OR 酷くない OR ・・・ )    ← いずれかを含む
 NOT (嫌い OR 楽しくない OR 酷い OR ・・・) ← いずれも含まない


否定意見では、

(嫌い OR 楽しくない OR 酷い OR ・・・ )    ← いずれかを含む
 NOT (好き OR 楽しい OR 酷くない OR ・・・) ← いずれも含まない


といった条件を設定し、ツイートを抽出しました。その結果から求めた日次の拡散強度を、領域別で11月29日から12月5日までを合算した値は以下のレーダーチャートのようになりました。

情緒領域は、否定意見と肯定意見が拮抗していますが、ビジョン領域は肯定意見が、製品、財務、職場、社会的責任領域は否定意見が多くなっています。特に財務、職場、社会的責任領域では否定意見のみの拡散が検知されました。

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それぞれの領域ごとの傾向を見てみましょう。

 

「情緒」領域の話題

以下に、情緒領域の肯定意見及び否定意見各ツイートの日次拡散強度を示します。

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グラフを見ると11月30日までは否定意見の拡散強度が大きく、12月1日からは肯定意見の拡散強度が逆転していることが分かります。否定意見が拡散するきっかけとなったのは、先述したNIKE JAPANのTwitter公式カウントのツイートを引用した以下のツイートです。このツイートでは「酷い」とう単語を含んでいることで、情緒領域の否定意見として判定されています。このようツイートが多数確認できます。


一方で、最もリツイートされた肯定意見は、11月30日の夜に発せられた以下のツイートでした。「素晴らしい」という単語が含まれているため情緒領域の肯定意見として抽出されています。

https://twitter.com/mahjp2100/status/1333386506925346817?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1333386506925346817%7Ctwgr%5E%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fnote.com%2Flooopscom%2Fn%2Fn1ea2c1f6b26b

 

この後、徐々にこのような肯定的なツイートが増えています。

 

「製品」領域の話題

以下に、製品領域の肯定意見及び否定意見各ツイートの日次拡散強度を示します。

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11月29日から否定意見が拡散しています。内容は「商品を買わない」と宣言するツイートなどです。

 

また、12月2日には46万人のフォロワーをかかえる小説家の百田尚樹氏(@hyakutanaoki)のツイートが拡散しています。

 

 

「ビジョン」領域の話題

以下に、ビジョン領域の肯定意見及び否定意見各ツイートの日次拡散強度を示します。

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11月28日の最も拡散したツイートは以下でした。

 

11月29日~12月1日まで肯定意見の拡散が圧倒しています。以下のツイートのように「レイシストが買わなくなったらブランドイメージが上がる」と評価するツイートが数多く見られました。


一方で11月30日にはビジョン観点での否定意見として、以下のツイートが拡散しています。肯定意見の広まりに対して、CMとは直接関係ない話題を持ち出し、複雑な気持ちを吐露しています。

https://twitter.com/justkiddddding/status/1333108688320561152?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1333108688320561152%7Ctwgr%5E%7Ctwcon%5Es1_&ref_url=https%3A%2F%2Fnote.com%2Flooopscom%2Fn%2Fn1ea2c1f6b26b

 

 

「職場」領域の話題

以下に、職場領域の肯定意見及び否定意見各ツイートの日次拡散強度を示します。肯定意見の拡散は確認できませんでしたが、否定意見は、11月30日~12月2日にかけて大規模な拡散が確認できます。

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こちらは以下のツイートが原因です。今回のCMとは関係のない記事を引用して、新しい話題を提供しています。職場領域のツイートと評価したのは、ツイート内に「長時間労働」という単語が含まれているためです。

 

このツイート以降、途上国で劣悪な環境で労働を強いていたという話題が数多く生まれるようになります。これが12月2日までの否定意見の拡散を支えた力となりました。

また、肯定意見と否定意見を分離する前のRQ 6領域の拡散状態で「概ね鎮静化した12月3日には職場領域の拡散強度が最大値となりました」と前述しましたが、この原因となる話題は、上記と同様にアジア諸国での劣悪な労働環境に関する以下のツイートでした。

 

 

「財務」領域の話題

以下に、財務領域の肯定意見及び否定意見各ツイートの日次拡散強度を示します。職場領域と同様に、否定意見の拡散のみが11月30日と12月1日に確認されています。

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拡散したのは以下のツイートです。

 

こちらは、3年以上前のダイアモンド紙の記事「渋谷区とナイキが裁判寸前!区の目玉事業でトラブル続出」を話題にしているものす。今回のCMとは直接関係ありませんが、「損失」という単語が使われていたことから財務領域の否定意見として抽出されています。

発信者は以下のツイートをしていることから、今回の事案に触発されて投稿されたものと思われます。

 

 

「社会的責任」領域の話題

以下に、社会的責任領域の肯定意見及び否定意見各ツイートの日次拡散強度を示します。職場領域、財務領域と同様に、否定意見だけが拡散しました。

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以下のツイートが社会的責任領域の批判意見の拡散を引き起こしています。これは、ハフポスト日本版の公式アカウントがNIKEのCMを称賛する声が上がっていると報じたことに対して、Share News Japanの公式アカウントが、「実際のコメントは批判ばかり」という反論をしたものです。このツイートが社会的責任領域の否定意見と仕分けられたのは、「炎上」を社会的責任領域に当てはまる単語として設定したためです。

 

また、12月4日まで否定意見の拡散が確認されます。社会的責任領域の否定意見の抽出条件に「炎上」という単語を設定したため、次のようなツイートが拡散を強めました。

 

 

【4】まとめ

以上、RQの各領域の拡散強度をもとに、拡散の原因であったツイートを見てきました。

最後に全体を俯瞰してみましょう。下図はRQ 6領域の肯定意見と否定意見のツイートに関する拡散強度の日別一覧です。

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それぞれの領域における拡散の原因となった意見とその発生タイミングを大まかにまとめると、下図のようになります。

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今回の話題が拡散した契機は、NIKE JAPANのTwitter公式カウントからのCM紹介ツイートです。最初に拡散が発生したのはビジョン領域でした。「ただただ、素晴らしい」というCMを見ての直感的な意見でした。

次いで情緒・製品領域が反応します。賛否を分けた論点は「動画内で描写されている差別に関する受け止め方」の違いです。否定意見は、「日本を悪者」と表現していると受け止めて批判を強めています。肯定意見は、このCMを否定する人々を「レイシスト」とみなし、彼らを批判することで、結果的にCMを擁護(肯定)しています。また、情緒領域では肯定意見と否定意見の拡散強度は拮抗しています。これに対して、製品領域では否定意見が、ビジョン領域では肯定意見の拡散強度が大きくなっていることが分かります。

その後、職場、財務、社会的責任領域の拡散が検知されています。ただし、すべて否定意見の拡散です。また、話題も今回のCMとは直接関係のない宮下公園問題や途上国の安い労働力を活用したビジネスモデルへの嫌悪、そして話題にした記事の批判といった二次的な内容である特徴も確認できました。

このように事象を分析すると、事案に対する意見が企業の評判に、どういった観点で、どのような規模で、どのような期間に影響を及ぼしているのかを可視化することができます。このような傾向を蓄積してゆくことで、話題の拡散が企業に及ぼす影響を予測することも可能になるでしょう。適切な広報活動を実践することも可能になると考えます。

例えば、批判的な声が圧倒的に多いケースでは、CM動画の取り下げを検討することもあるでしょう。あるいは誤解されている事項が拡散しているのであれば、訂正や補足の情報を発信することが求められでしょう。これらを判断する際に、このような定量的な分析は役立つのではないでしょうか?

 

 

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  • 著者:福田浩至
株式会社ループス・コミュニケーションズ副社長、博士(情報管理) 多数の企業にて、ソーシャルメディアの効果的かつ安全な運営を支援しています。 特に、企業のソーシャルメディア活用におけるルール「ソーシャルメディア・ポリシー」策定や啓蒙教育など積極的な守りの仕組みづくりが専門領域です。
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