三菱電機の事例からチームづくりを考える
2021年10月1日、三菱電機は「当社における品質不適切行為に関する調査結果について(第1報)」と題した報告書を発表しました。報告書は一連の製品検査の不正行為に関する原因とその対策に関するものです。
調査報告書では、これらの不祥事事案の原因背景について、次のような項目を挙げています。
・規定された手続きにより品質を証明する姿勢の欠如と「品質に実質的に問題がなければよい」という正当化
・品質部門の脆弱性
・ミドルマネジメント(主に課長クラスなど)の脆弱性
・本部・コーポレートと現場との距離・断絶
その次に続く真因分析の中で、第一に以下の記述があります。
このように報告書では、従業員同士が極めて「仲が良い」ことが、製品検査の不正行為の真因の一つとして挙げられています。
心理的安全性の高いチームとは?
psychological safety(和訳:心理的安全性)という言葉をご存じでしょうか?「心理的安全性」は、エイミー・エドモンドソン教授が1999年に概念を提唱した用語です。教授は、心理的安全性は「チームメイトなどまわりの評価に怯えることなく、自分の意見や想いを発信するために必要となる要素」と定義しています。
この用語は、Googleのあるプロジェクトの成果発表を契機に注目されるようになりました。
上のグラフはGoogle Trendsで心理的安全性とpsychological safetyという単語の人気度*の推移を2004年から現在まで月次でグラフ化したものです。2016年くらいから人気度が高まっていることが分かります。これは、Googleが2012年に開始した生産性の高いチームが持つ共通点と成功因子の発見を目的とした生産性改革プロジェクト「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」の結論が、2016年にニューヨーク・タイムズ・マガジンで発表されたことがきっかけとなっています。
プロジェクト・アリストテレスではその成功因子「心理的安全性」がチームの生産性を高めると結論づけました。このことが大きな話題となり、「心理的安全性」が広く認知されるようになったとされています。
さて、件の三菱電機の従業員同士が極めて「仲が良い」チームは心理的安全性が高いといえるのでしょうか? 仲の良い組織であればチームメイトなどまわりの評価に怯えることは、少なくとも表面的にはなさそうです。エドモンドソン教授は次のようにも述べています。
下図は、心理的安全性の高いチームと低いチームが生み出す場を図示したものです。心理的安全性の高いチームでは、本来のチームの役割を果たして価値を生み出したいという思いから、本音で共創する場になります。一方で、心理的安全性の低いチームでは、周囲に無能と思われたくないために自論を戦わせる場を作り出す場合と、軋轢を生みたくないという思いから空気を読み合う場を作り出す場合が考えられます。前述の三菱電機の例は、まさに空気を読み合う場になってしまっていたと思われます。
今回の報告書の結論からも、心理的安全性が低い状態が組織の重大なリスク要因であると言えそうです。
リスクマネジメントと心理的安全性
以上より、心理的安全性の低いチームがリスク要因になることは分かりました。一方、心理的安全性が高いチームがリスクマネジメントのプロセスにおいて強力に機能すると考えます。下図のリスクマネジメントプロセスの概略図を使って説明しています。
図のように、リスクマネジメントプロセスには、発生したインシデントに対応する危機管理対応プロセス(リアクティブな対応)とインシデントが発生しにくくしたり、発生した場合の損失を低減するための予防行動プロセス(プロアクティブな対応)があります。危機管理対応プロセスは、①初期対応、②収拾活動、③再発防止といったステップを踏んで収束に向かいます。④予防行動プロセスは、③再発防止をもとに、リスクマネジメントシステムを見直し、実行していきます。
①初期対応
このプロセスでは、なんといってもスピードが大切です。このため、
・インシデントに気づくまでの時間
・インシデントを気付いてから対策実施までの時間
をいかに短くするかが大切です。
心理的安全性の高いチーム、つまり本音で共創する場であれば、正しいと思うことを対人関係の軋轢を気にすることなく行動できます。インシデントに気づいたら、躊躇なく、直ちに関係者に連絡します。結果として、短時間での対処行動が可能になることが期待できます。
一方で、心理的安全性の低く空気を読み合う場になっているチームであれば、仲の良い同僚が心情を考え、見て見ぬ振りをするかもしれません。自論を戦わせる場であれば、面倒に関わりたくない思いを優先するかもしれません。いずれにせよ、迅速な対処行動が見られることはなさそうです。
②収拾活動
このプロセスでは、事態の収集させるために活動します。この際、初期対応を含めて対応が適切であるかを適時把握し、実施する対策に見直しや改善の余地があれば直ちに行動することが求められます。すなわち、対応の成否はインシデント対応を指揮する責任者のリーダーシップにかかっています。責任者がリーダーシップを発揮するためには、役職や組織を超えて社員全員が一致協力して問題に取り組むこと姿勢が不可欠です。また、強力な指揮命令権を行使することが求められますので、一般に責任者は社内での立場が高い役職者が担います。
心理的安全性の高いチームであれば、責任者が上席者であろうと、顧客や会社にとって正しいと思うことを率直に報告してくれるでしょう。
心理的安全性の低く、空気を読み合う場であれば、責任者が好まない情報は報告したくないマインドが働くかもしれません。自論を戦わせる場であれば、自分に直接関わりがあるインシデントであれば、自分が考えた対策案を強引に認めさせる行動に出るかもしれません。
結果、責任者の元にはバッドニュースが上がって来なくなったり、問題の発見が遅れたりして、適切なタイミングで正確な状況が把握できず、誤った判断を下してしまうかもしれません。
③再発防止
このプロセスは②の収拾活動がひと段落したタイミングで実施します。収集活動を継続しながら、インシデントの収束状況や発生した損失の把握に努めます。また、再発を防止するための対策を公表することが必要となります。インシデントによっては記者会見を開いたり、被害を被った方々への賠償が必要になってきます。ここで大切なのはアカウンタビリティ(説明責任)です。講じる対策が実効的であることを、伝えるべき人に伝えることが重要です。
心理的安全性の高いチームであれば、決まった対策防止策を自分達が必要と考える人々に伝え、そのフィードバックを関係者に共有する行動を自発的におこなってくれるでしょう。
心理的安全性の低く、空気を読み合う場であれば、責任者が逐一指示をしない限り、軋轢が生まれそうな行動は起こさないでしょう。
④予防活動
インシデント対応とは別に、③再発防止策を実行していくプロセスです。ここでは、表面的な対処療法だけでなく、対策の効果を適時確認しながら、必要があれば施策を見直すことも厭わず断行することが、解決の近道です。
心理的安全性の高いチームであれば、再発防止策を実施した結果について、率直に考えを述べ合うことができます。それが会社や社会の利益に沿うと考えるならば、責任者が決定した再発防止策を見直す提案を直ちに行います。
心理的安全性の低く、空気を読み合う場であれば、責任者が一度決定した再発防止策を否定するような行動は控えるでしょう。自論を戦わせる場であれば、自分の評価が最優先の判断基準となります。
結論:心理的安全性の高いチームが組織を守る
このように、心理的安全性の高いチームは、リスクマネジメントに強力に貢献します。なんとも心強いですよね。一方で心理的安全性が低いチームは、組織にとってリスク要因となります。これは、企業経営の観点でも深刻な問題です。これまで起きたさまざまな企業の不祥事も心理的安全性の高い組織であれば、ずいぶん違った結末にたどり着くことができたのではないでしょうか?
また、リスクマネジメントシステムを構築する場合も、組織の心理的安全性が高い場合とそうでない場合で、考慮すべき運用方法が異なってくることも明らかです。心理的安全性の高いチームが問題に当たる場合には、自発的に課題解決を図ろうとしますので、あまり細かいルールを設ける必要はないでしょう。
その一方で、心理的安全性の低いチームが問題に当たる場合には、逐一ルールを定めておかないと、対策が機能しない懸念が強まります。リスクマネジメントシステムを構築する際には、組織の状態を念頭に設計することが求められます。
心理的安全性の高いチームをつくるには?
では、どうすれば、心理的安全性の高いチームをつくることができるのでしょうか? 下図は、心理的安全性を生み出すプロセスを示しています。当社では、共感デザインと価値デザインの二段階で心理的安全な場をつくることを提唱します。共感デザインプロセスでは、チーム内で本音で話せる関係性を育むことを目指します。価値デザインプロセスでは、そのような関係性が整った段階でチームとしてのパーパス(目的)を共有し、チームの価値を高めることに集中できる関係性を目指します。
心理的安全性の高い組織にすることが望まれますが、すぐに出来上がるものではありません。継続的に心理的安全性が高まるような働きかけを続けることが大切です。
当社では、企業研修をはじめ、心理的安全性を高め、より実効的なリスクマネジメントシステムを構築するための支援サービスを提供しています。関心をお持ちいただけた方はぜひお問い合わせください。
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