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「赤いきつね」CM炎上騒動から学ぶ広報の教訓:複雑化するネット世論への対応

関根健介 | 2025/03/03

「赤いきつね」CM炎上騒動から学ぶ広報の教訓:複雑化するネット世論への対応

2025年2月、食品メーカー大手・東洋水産が公開したカップ麺「赤いきつね」のWeb限定アニメCMが、SNS上で「性的表現だ」との批判を受け、一時は「炎上」と報じられる騒動となりました。
しかし、この騒動は国際大学グローコム客員研究員の小木曽健氏らが「非実在型炎上」と指摘するように、ごく一部の意見がメディアによって過度に増幅された側面を持っています。

一方で、東京大学大学院の鳥海不二夫教授は、メディアが報じ始めた前日の段階で関連投稿が約1万5000件に達していたことを突き止め、「小規模な炎上ではあっても非実在型炎上ではない」との結論を導き出しており、単純な「エア炎上」とは異なる複雑な状況が示唆されました。

本記事では、この「赤いきつね」CM騒動を多角的に分析し、広報担当者が今後の活動において直面するであろうネット世論の複雑化と、それに向けたリスクマネジメントの教訓を考察します。

 

概要:事実の時系列整理

東洋水産の「マルちゃん」ブランド公式YouTubeやX(旧Twitter)などで公開されたWeb限定アニメCMは、以下の時系列で展開しました。

リスク兆候:炎上前後の兆候をどう検知できたか

今回の事例では、CM公開から批判が噴出するまでに約10日間のタイムラグがありました。
これは、炎上が必ずしも公開直後に起こるわけではないことを示しています。
広報担当者としては、以下のような観点からリスクの兆候を検知することが重要です。

継続的なネット世論のモニタリング

「危機対応支援サービス」が示すように、ネット上の口コミ評判やニュース記事の論調を常に分析し、想定されるリスクを迅速に診断する体制は不可欠です。
初期の批判的な意見が少数であっても、それが特定のハッシュタグやキーワードと共に拡散され始める兆候を見逃さないことが重要でしょう。

潜在的な不快感の把握

横浜商科大学の田中辰雄教授が行った調査では、女性版CMを「気持ち悪い」と感じる女性は15%と少数派であるものの、異性から見つめられて嫌な思いをした経験や、食事中の姿を性的に解釈されて嫌な思いをした経験がある人ほど、CMに不快感を覚える割合が圧倒的に高いことが示されました。
このような「個人の経験に根ざした不快感」は、表面化しにくいものの、一度SNSで共感を得ると怒りの火種となりえます。
SNSモニタリングを通じて、感情の背景にあるユーザーの体験談なども把握できると、より深くリスクを理解できます。

炎上原因:ユーザーの怒りのポイント

今回のCMが批判された主な原因は、以下のような点に集約されます。

「性的表現」と「男性目線」の指摘

男性版CMとの比較による「不公平感」

  • 同時に公開された男性版CMでは、男性教師が淡々と仕事をしながら「緑のたぬき」を食べる姿が描かれ、頬染めや涙目といった要素はありませんでした。
  • この対比が「女性キャラはなぜあんなに色っぽく描かれなきゃいけないのか」「男性キャラと比べて不公平だろう」「やはり男性目線だ」という批判を加速させました。

アニメ表現の「誤読」または「過剰な解釈」

  • 制作者側の意図は「一人の夜にじんわり染みるカップ麺の温かさ」を情緒的にアピールすることであり、性的な演出は意図していなかったと推察されます。
  • アニメ表現の都合で感情を大きめに描いた結果、頬染めや涙目が目立ってしまった可能性も指摘されています。
  • しかし、SNS上では「また企業が女性キャラを都合よく使っている」というイメージが先行した印象があります。料理研究家リュウジ氏が「グルメ漫画では食べた瞬間に頬を赤らめたりするのは普通」と指摘したように、文脈(コンテキスト)の違いによって解釈が大きく変わる多義性の問題が浮き彫りになりました。
  • 田中辰雄教授の調査では、アニメを普段見ない人の方がCMに「気持ち悪い」と感じる傾向があることも示されており、アニメ表現への慣れや認識の違いも影響している可能性があります。

企業の対応:実施内容と反応

東洋水産は今回の騒動に対し、極めて特徴的な対応を取りました。

CMの削除せず、コメントも発表しない「沈黙戦略」

東洋水産はCMを削除せず、騒動に関するコメントも一切発表しませんでした。公式Xの更新も平常通り続けられました。

沈黙戦略の成功

この「沈黙を貫く」対応は結果的に成功しました。

  • フォロワー数は激増し、30万フォロワー達成を目前にしました。
  • 「赤いきつね」も売り切れが続出し、東洋水産の株価は炎上前の2月14日の8,521円から2月19日には9,302円に上昇しました。
  • タニタ、サッポロビール、フジッコなどの有名企業が東洋水産のアカウントをフォローするなど、企業間の連帯も見られました。

過去の経験に基づく判断

東洋水産が沈黙を守ったのは、2020年に「マルちゃん正麺」の4コマ漫画プロモーションで「女性軽視」と批判された経験に基づくと考えられます。この時も、批判的な意見は少数派で、擁護の声が多数だったため、同社は連載を一時休止したものの、最終的に再開しました。今回の「赤いきつね」騒動も、この経験から「少数意見が本格的に拡散する前に静観する」という判断をしたと推察されます。

専門家からの評価

国際大学グローコム客員研究員の小木曽健氏は、今回の東洋水産の対応を「典型的な非実在型のネット炎上」に対する「沈黙を貫くのも一手」という対応策の好例として評価し、「完璧」と絶賛しています。最悪なのは、内容を精査せずに慌てて取り下げることだと指摘しています。

SNSの反応:感情のトーンや拡散ルート

SNS上では、批判と擁護が入り混じり、複雑な世論が形成されました。

批判派の感情

「きっしょ!」「気持ち悪い」「性的なアピールではないか」といった直接的な不快感や怒りの表現が多く見られました。一部では「赤いきつね」の不買運動を呼びかける動きもありました。

擁護派の感情

「性的な表現?どこが?」「問題ない」「過剰反応」といった、批判への疑問や戸惑い、あるいは表現の自由を支持する声が多数を占めました。

AI疑惑と混乱

「生成AIを使ったのでは?」という全く異なる軸での批判も出現し、混乱に拍車をかけました。制作会社が否定しても、アニメーションムービーにおいてはAI関連の批判がつきものになる可能性が示唆されています。

「非実在型炎上」の特性

少数の「ノイジー・マイノリティ」(声の大きい少数派)が攻撃的な発言をすることで、メディアやSNSで取り上げられやすくなり、あたかも全体が炎上しているかのような印象を与えることが指摘されました。

SNSの拡散メカニズム

  • 情報の断片化: CMの特定の場面(頬の赤らみ、涙ぐむ瞬間など)がスクリーンショットで切り取られ、全体の文脈が不明なまま「色っぽい女性キャラ」の部分だけが強調されて拡散されました。
  • コメントによる意味の変質: 「気持ち悪い」「女性を性的に使ってる」といった強い言葉がコメントとして付随することで、CM自体のイメージがネガティブなものに変質しました。
  • アルゴリズムの増幅: 炎上系の話題はSNSのアルゴリズムによって反応が大きくなりやすく、拡散力が加速していく傾向があります。
  • ネガティブ感情の拡散: 怒りや嫌悪感はポジティブな感情よりもSNS上で拡散されやすいとされており、「これは許せない」という投稿は共感を呼び、積極的にリツイートされがちです。
  • エコーチェンバー現象: SNSでは似た意見の人同士で固まりやすい「エコーチェンバー」が形成され、反対意見を聞く機会が減ることで、特定の認識が一人歩きしやすくなります。

教訓:他社が学ぶべきポイント+未然防止策

今回の「赤いきつね」CM騒動は、企業がネット世論とジェンダー論争の複雑化にどう対応すべきかについて、貴重な教訓を与えてくれます。

「非実在型炎上」の見極めと「沈黙戦略」の検討

  • 声の大きい少数意見が「炎上」に見えることもあります。SNSのモニタリングを通じて、批判の絶対量と質、そして擁護意見との比率を正確に把握することが重要です。
  • 東洋水産の成功例が示すように、根拠が薄い批判や少数意見に対しては、慌ててコンテンツを取り下げず、沈黙を貫くことが有効な場合もあります。ただし、これはコンテンツに法的な問題や深刻な倫理的問題がないと確信できる場合に限られます。
  • 闇雲に「沈黙」すればいいわけではなく、企業として「沈黙を貫く」という揺るぎないポリシーと、その判断を支える情報収集力が求められます。

多角的視点による事前チェックの強化

  • 「あからさまな性的表現はなかった」にもかかわらず批判が起きた今回の事例は、表現が持つ「多義性」と受け手の多様な解釈を改めて認識させました。
  • CM制作の段階で、ジェンダー視点や文化的背景が異なる人たちから意見を募り、「この表現は誤読されないか?」「特定の人に不快感を与えないか?」といった検証を多角的に行うことが不可欠です。
  • 特に、アニメ的な誇張表現が、実写とは異なる「性的」な印象を与えうるという今回の教訓は、アニメCMを制作する際の注意点となるでしょう。

コンテキスト(文脈)補足の重要性

  • SNSでは、CMの一部が切り取られて拡散されることで、制作者の意図した文脈が失われ、誤解を招くことがあります。
  • 公式SNSやウェブサイトで、CMの制作意図や設定、込めたメッセージなどを積極的に公開し、文脈を補足することで、誤読をある程度防ぐことができるかもしれません。

表現の自由と企業の責任のバランス

  • 「違法性や反社会性さえなければ、どんな表現をしようと自由」という専門家の意見もありますが、同時に「表現の自由も責任も、企業の側にある」と認識すべきです。
  • 万人に好意的に受け取られる表現は存在しません。企業は「誰に何を伝えたいのか」というマーケティングターゲットを明確にし、その顧客層への訴求力を最優先すべきです。それ以外の意見に過剰に反応しない冷静さも必要です。
  • ただし、社会的価値観の変化、特にジェンダー論争の過熱化は無視できない要素です。「言いがかり炎上」とまでは言えず、表現が一つでも間違っていたら大炎上していたかもしれないという指摘は、今後のクリエイティブにおいて肝に銘じるべき点です。

リスクコミュニケーション戦略の構築

  • 炎上発生時に備え、迅速かつ誠実な対応方針を事前に定めておくことが重要です。必要であれば、修正や謝罪も検討する覚悟が必要です。
  • 事態が落ち着くまでの間も、ネット上の投稿やネットメディアの論調を継続的にモニタリングし、世論の変化を漏れなく把握することが求められます。

類似事例との比較

東洋水産は今回の騒動以前にも、同様の「非実在型炎上」の経験を持っています。

マルちゃん正麺の4コマ漫画騒動(2020年)

仕事から帰宅した母親が皿洗いをする最後の一コマが「女性軽視」と批判されました。この時も、批判は少数意見であり、擁護の声が多数を占めたため、東洋水産は漫画の連載を一時休止・分析後、再開しました。この経験が、今回の「赤いきつね」騒動における東洋水産の「沈黙戦略」の基盤となったと考えられます。

 


また、今回の騒動の文脈で、過去に「性的表現」として批判された広告の事例も挙げられています。

  • JR大阪駅のゲーム広告(2022年): バニーガール姿や水着の女性キャラクターが登場するゲーム広告が「やや幼く見えるキャラクターが露出度の高い服を着ている」として批判されました。
  • 環境省の萌えキャラ動画(2020年): 省エネ家電を紹介する「君野イマ」「君野ミライ」という女子高生設定の萌えキャラが、ミニスカートで内股といった描写から「違和感がある」と批判されました。
  • 日本赤十字社と漫画『宇崎ちゃんは遊びたい!』のコラボ広告(2019年): 胸が強調された主人公のキャラクターが描かれ、「明らかに性的で、女性をもの扱いしている」との非難がありました。

これらの事例は、服装の露出度に関わらず、アニメ表現における身体描写やポーズ、キャラクター設定が「性的」と解釈される可能性があることを示唆しています。

まとめ:行動につなげる振り返り

「赤いきつね」CM炎上騒動は、広報担当者にとって以下の重要な行動につながる示唆に富んでいます。

データに基づいた状況判断の徹底

ネット上の「声の大きさ」に惑わされず、客観的なデータ(例:田中教授による世論調査)に基づいて、批判が実際に社会の大多数の意見なのか、それとも少数派の声が大きく響いているだけなのかを見極めることが不可欠です。

クリエイティブとリスクのバランス感覚

印象的な広告は「多義性」を内包し、誤読のリスクを伴います。しかし、過度に安全策に走れば退屈な広告になりかねません。社内で「攻めた表現」と「炎上回避」の許容範囲を明確にし、クリエイターと広報が連携してリスクをコントロールする体制を構築することが重要です。

「わからない」ことを理解し、対話を促す姿勢

広告制作者の意図と受け手の解釈が食い違うことは避けられません。企業は、批判を単なる「破壊」として捉えるのではなく、異なる視点からの「気づき」や「対話の機会」と捉え、建設的な議論を通じて表現の質を高めていく姿勢を持つべきです。

社会の価値観変化への感度を高める

特にジェンダーに関する表現はセンシティブで、社会の価値観は常に変化しています。若年層ほど特定の表現に不快感を覚える傾向があるという調査結果も踏まえ、未来の世論の潮流を予測し、表現が「望ましからざる社会構造を強めてしまう」ような影響を与えないかを常に問い続けることが、企業の持続的な信頼構築につながるでしょう。

SNSが「批評とバッシングの境界」を曖昧にする現代において、企業、クリエイター、そして受け手の三者が互いにメディア・リテラシーを高め、より成熟したコミュニケーション空間を共創していくことが、今後の広告表現の未来を切り開く鍵となります。

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AUTHOR PROFILE

  • 著者:関根健介
ループス・コミュニケーションズ所属。某コンサルティング会社にてWebマーケティングやバイラルマーケティングを経験した後、数年放浪し2011年12月からループスへジョイン。ソーシャルメディアの健全な普及をねがい日々精進しています。関心のあるテーマはO2O・地域活性×ソーシャル・医療×ソーシャル・ソーシャルコマース ま〜ソーシャル全般です。 【座右の銘】 意思あるところに道あり 【Facebook】www.facebook.com/kensuke.sekine.7 【Twitter】 @kensuke_sekine
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