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MrBeastのAIサムネイル作成ツール撤回から学ぶ:広報・プロモーション担当者が直面するAI時代の課題と機会

関根健介 | 2025/06/29

MrBeastのAIサムネイル作成ツール撤回から学ぶ:広報・プロモーション担当者が直面するAI時代の課題と機会

YouTube界の巨人MrBeastが、先日ローンチしたAIサムネイル生成ツールの提供をわずか5日で中止しました。この一件は、AI技術の導入がもたらす倫理的、コミュニティ的、そしてブランド的な課題を浮き彫りにしています。今回の事例から得られる学びは大きいものとなるでしょう。

1. 背景と事例整理

ローンチとタイムライン

MrBeast(本名:Jimmy Donaldson)は、2025年6月22日に自身のYouTube分析プラットフォーム「ViewStats Pro」を通じてAIサムネイルジェネレーターをローンチしました。しかし、わずか5日後の6月27日には、コミュニティからの強い反発を受け、その提供を停止しました。

提供形態と目的

このAIツールは、ViewStats Proの月額80ドル(約58ポンド)の有料オプションとして提供されました。MrBeastは、その目的について「小規模クリエイターがより良いサムネイルを作成するのを助けるため」と説明していました。YouTube動画においてサムネイルデザインは、動画の成功を左右する重要な要素であり、動画のクリック率を高めるために活用されています。

このツールは、テキストプロンプトからの画像生成に加え、既存の動画URLから類似のサムネイルを作成したり、既存のサムネイルにユーザーの顔を挿入したりする機能も備えていました。MrBeast自身がプロモーションビデオで「文字通り不正行為のようだ」と述べるほど、他のYouTubeチャンネルをインスピレーション源として利用できる設計でした。

2. 主な課題と反発の要因

MrBeastのAIサムネイルツールは、ローンチ直後からクリエイティブコミュニティからの強い反発に直面しました。主な批判点は以下の通りです。

著作権侵害・無断利用の懸念

  • このツールが他のクリエイターのビジュアルスタイル、ロゴ、さらには顔を模倣できる設計であったため、同意やオリジナリティ、クリエイティブな所有権に関する懸念が直ちに浮上しました。
  • 著名なYouTuberであるJacksepticeyeは、自身のロゴがツールのプロモーション資料で許可なく使用されていることを発見し、「一体どういうことだ…私のロゴまでプロモーションに使っている。このプラットフォームがどうなっているのか嫌になる。AIなんてくそくらえだ」とXで怒りを表明しました。
  • PointCrow(Eric Morino)も、MrBeastのAIモデルがクリエイターのサムネイルで「明らかに訓練されており、クリエイターの許可なく使用している」と非難し、「コンテンツ制作をよりアクセスしやすくするという意図は素晴らしいが、ツールはクリエイター全体を根本的に傷つける」と主張しました。

ブランド・アイデンティティの侵害

ツールが「任意のYouTubeチャンネルを入力でき、サムネイルのインスピレーションとして利用できる」と宣伝されたことで、特定のクリエイターのブランド・アイデンティティや視覚スタイルが意図せず模倣される可能性が高まりました。これは、クリエイターが長年築き上げてきた独自のブランディングを侵害する行為と受け止められました。

倫理・コミュニティ文化との摩擦

  • 多くのアーティストは、ChatGPT、Gemini、Grokといった生成AIツールが画像や動画の作成を容易にする一方で、フリーランスのイラストレーターやデザイナーの生計を脅かすと懸念を表明しました。特にサムネイルデザインは、多くのアーティストにとって安定した収入源であり、AIの普及によってそれが失われることを恐れました。
  • MrBeast自身も「コミュニティの人々が不満に思うことをすると、本当に悲しくなる」と述べ、コミュニティへの責任を重く受け止めていることを強調しました。

AI導入による業界への波及的影響

  • 今回の騒動は、コンテンツ制作におけるAIの役割に関する深い緊張関係を反映しています。一部には、AIが小規模クリエイターのアクセスを民主化すると主張する声もありますが、批評家は人間の創造性や知的財産権への影響を懸念しています。
  • この論争は、「電卓の瞬間」になぞらえられ、当初は物議を醸す技術も最終的には一般的になるという見方も示唆されました。しかし、同時に、模倣が一般化する中でクリエイターを保護することの重要性も強調されています。

3. MrBeastの対応と広報戦略

MrBeastは、批判を受けて迅速に対応しました。

謝罪と即時撤回の決断

  • MrBeastは、Xに投稿した動画で「人々はかなり興奮すると思っていたが、完全に的外れだった」と自身の誤りを認めました。
  • 彼は「コミュニティの人々が不満に思うことをすると、本当に悲しくなる」と述べ、コミュニティの懸念に真摯に応じました。
  • 批判に応じ、AIツールは即座に削除されました。プロモーション動画も削除されています。

 

代替策:人力デザイナー紹介への切り替え

  • AIツールの削除と同時に、MrBeastは本物のサムネイルアーティストのポートフォリオにユーザーを誘導する機能に置き換えられたことを発表しました。
  • 彼はこの対応を「このネガティブな状況を、アーティストが好きなことをしてより多くの収入を得られるポジティブなものに変えている」と説明しました。ViewStatsでは、クリエイター向けの「サムネイルアーティスト募集」の案内も行われています。
  • MrBeastは以前からサムネイルアーティストへの長年の支援を強調しており、「おそらく世界中の他のYouTuberの誰よりも、トップ100のクリエイターを合わせるよりも多くの費用をサムネイルアーティストに費やしている」と主張し、自身のチームでも多くのアーティストを雇用しており、さらに採用を検討していると述べていました。

4. 業界動向との対比:AI導入と倫理リスク

MrBeastの事例は、AI技術がクリエイティブ産業にもたらす複雑な課題を象徴しています。

生成AI時代のクリエイター経済とプラットフォームの立ち位置

  • AIツールは、制作チームを持たない小規模クリエイターに制作アクセスを「民主化」する一方で、人間の創造性や知的財産権に与える影響が懸念されています。
  • 業界全体として、AIがもたらす「電卓の瞬間」(当初は物議を醸すが、最終的に普及する技術)を認識し、AIツールの必然性を認めつつも、制限ではなく「認識」と「帰属」に焦点を当てるべきだという議論が生まれています。
  • クリエイターは、自身のスタイルが模倣されても「可視性と価値」を維持できるような帰属システムがAIツールに直接組み込まれるべきだと提唱されています。これは、「創造性が可視化され、同意に基づいて、公平に報われるエコシステムを構築する必要がある」という考え方に基づいています。

企業によるAI画像生成と著作権訴訟の潮流

  • MrBeastの事例と同時期に、多くの大企業も生成AIと著作権に関する問題に直面しています。例えば、DisneyとUniversalは、AI画像生成ツールのMidjourneyを「盗作の底なし沼」と呼び、著作権侵害で提訴しています。
  • Getty ImagesもAI画像生成ツールStable Diffusionに対する訴訟で一部の主要な請求を取り下げたものの、AIと著作権に関する法廷闘争は引き続き進行中です。
  • これらの動きは、AI技術をビジネスに導入する際に、知的財産権の保護と倫理的な側面を慎重に考慮する必要があることを示唆しています。

5. 学びポイントまとめ

今回のMrBeastのAIサムネイルツール撤回は、広報・プロモーション担当者にとって、AI時代におけるブランド戦略と危機管理の重要な教訓を示しています。

  1. AI画像利用は慎重に設計し、明示的許諾が必要
    特に他者の創作物(スタイル、ロゴ、顔など)を模倣する機能は、著作権侵害や無断利用のリスクが極めて高まります。AIツールを導入する際は、訓練データや出力内容が倫理的・法的に問題ないかを徹底的に検証し、必要な許諾を事前に得ることが不可欠です。
  2. ブランド・アイデンティティの厳格な保護
    自社のブランド・アイデンティティだけでなく、他社のブランド資産も尊重し、侵害しない設計が求められます。AI技術は、意図せずとも模倣を容易にするため、予期せぬブランド毀損のリスクを常に意識する必要があります。
  3. 共感形成とコミュニティ巻き込みの重要性
    MrBeastが「コミュニティの人々が不満に思うことをすると、本当に悲しくなる」と述べたように、ターゲットコミュニティの感情や懸念に深く共感し、そのフィードバックに耳を傾ける姿勢が不可欠です。コミュニティは単なる消費者ではなく、ブランドの存続と成長を支える重要なステークホルダーであるという認識を持つべきです。
  4. 迅速な公的対応による信頼回復
    問題発生からわずか5日での迅速な撤回と公的な謝罪は、MrBeastの信頼回復に寄与しました。危機発生時には、事実を認め、速やかに対応し、透明性をもって情報開示を行うことが、信頼を維持・回復するための鍵となります。
  5. 代替策を示す倫理的発信戦略の有効性
    AIツールの撤回だけでなく、人間のアーティストを支援する機能への切り替えという代替策を示したことで、「ネガティブな状況をポジティブなものに変える」というMrBeastの意図が伝わりました。問題解決の姿勢を示すだけでなく、具体的な倫理的代替案を提示することで、ブランドの誠実さをアピールし、長期的な関係性を築くことができます。
  6. 業界全体の潮流が示す「慎重なAI活用」の必要性
    今回のMrBeastの事例や、AI企業に対する著作権訴訟の動向は、AI技術の活用が不可避である一方で、その導入には極めて慎重なアプローチが求められることを示しています。特にクリエイティブ分野においては、人間の創造性を尊重し、知的財産権を保護するバランスの取れた戦略が、今後の成功の鍵となるでしょう。

MrBeastの事例は、AIがもたらす革新の裏に潜むリスクと、それに対する企業のリスポンスの重要性を明確に示しています。広報・プロモーション担当者は、これらの教訓を活かし、倫理的かつ戦略的にAIを活用していくことが求められます。

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AUTHOR PROFILE

  • 著者:関根健介
ループス・コミュニケーションズ所属。某コンサルティング会社にてWebマーケティングやバイラルマーケティングを経験した後、数年放浪し2011年12月からループスへジョイン。ソーシャルメディアの健全な普及をねがい日々精進しています。関心のあるテーマはO2O・地域活性×ソーシャル・医療×ソーシャル・ソーシャルコマース ま〜ソーシャル全般です。 【座右の銘】 意思あるところに道あり 【Facebook】www.facebook.com/kensuke.sekine.7 【Twitter】 @kensuke_sekine
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