2025年7月下旬、アパレルブランドの「アメリカン・イーグル・アウトフィッターズ」(以下、アメリカン・イーグル)が女優のシドニー・スウィーニーを起用したデニム広告キャンペーンが、オンライン上で大きな論争を巻き起こしました。このキャンペーンは、「Sydney Sweeney Has Great Jeans」というキャッチフレーズを使用し、「jeans」(ジーンズ)と「genes」(遺伝子)の言葉遊びを特徴としていました。
特に問題視されたのは、金髪で青い目を持つスウィーニーが「遺伝子(genes)は親から子へと受け継がれ、髪の色、性格、さらには目の色といった特徴を決定する。私のジーンズ(jeans)は青い」と語るプロモーションビデオでした。この表現が、特定の遺伝的特徴を持つ人々を「優れている」とする優生学的な思想や白人至上主義を想起させるとの批判が殺到し、大規模な炎上へと発展しました。
本稿では、このアメリカン・イーグル広告炎上の経緯、原因、企業の対応、そしてSNSの反応を詳細に分析し、炎上リスク担当者や広報・プロモーション担当者が今後の活動において学ぶべき重要な教訓と未然防止策を考察します。
概要:事実の時系列整理
- 2025年7月23日: アメリカン・イーグルがシドニー・スウィーニーを起用したフォール・マーケティングキャンペーン「Sydney Sweeney Has Great Jeans」を公開しました。キャンペーン開始直後、アメリカン・イーグルの市場価値は4億ドル増加しましたが、株価は1%未満のわずかな下落で終えました。
- キャンペーン内容: キャンペーンの中心は、「jeans」(ジーンズ)と「genes」(遺伝子)の言葉遊びでした。特に物議を醸したのは、スウィーニーが「遺伝子は親から子へと受け継がれ、髪の色、性格、さらには目の色といった特徴を決定する。私のジーンズは青い」と語る動画でした。別の動画では、壁に書かれた「Great Genes」の「Genes」を「Jeans」に書き換える様子も描かれました。
- オンラインでの批判と拡散: 広告公開後すぐに、SNS上で「ナチスのプロパガンダのようだ」「優生学を想起させる」といった批判が多数寄せられました。これらの批判は、スウィーニーの金髪、青い目、白い肌という容姿と「優れた遺伝子」という言葉の組み合わせに焦点を当てていました。
- 2025年8月1日: アメリカン・イーグルはInstagramで声明を発表し、「『Sydney Sweeney Has Great Jeans』は、そして常にそうであったように、ジーンズそのものについて語ったものである。私たちは、すべての人が自分の方法で自信を持ってアメリカン・イーグルのジーンズを着こなすことを、今後も称賛し続ける。すばらしいジーンズはだれにでも似合うのだ」と釈明しました。
- 2025年8月4日: ドナルド・トランプ元大統領が自身のSNS「Truth Social」で、スウィーニーを「最もホットな広告」と称賛し、保守派が「ウォークネス(wokeness)」への反発としてこの広告を擁護する動きを加速させました。これにより、アメリカン・イーグルの株価は一時23%以上急騰しました。
- スウィーニーの反応: シドニー・スウィーニー本人は、この論争について公には沈黙を保っています。
米人気俳優シドニー・スウィーニーが出演するファッションブランド「アメリカン・イーグル」のジーンズの広告が「優生学を肯定している」と物議を醸している
いったいどんな広告なのか?
そこには「ジーンズ」のダブルミーニングが潜んでいた https://t.co/J7a75hQjDA
— ハフポスト日本版 / 会話を生み出す国際メディア (@HuffPostJapan) July 29, 2025
リスク兆候:炎上前後の兆候をどう検知できたか
炎上リスク担当者は、キャンペーンが発表される前にいくつかのリスク兆候を検知できた可能性があります。
主要なリスク兆候
- 挑発的な表現の使用意図: アメリカン・イーグルの最高マーケティング責任者(CMO)は、キャンペーンの開始前に「巧妙で、挑発的な言葉遣い」が含まれており、「間違いなく議論を呼ぶだろう」と述べていました。これは、企業が意図的に物議を醸す可能性を認識していたことを示唆します。
- 言葉遊びの解釈の多様性: 「genes」と「jeans」の言葉遊びは、意図しない解釈を生むリスクをはらんでいました。特に、金髪・青い目の白人女性であるスウィーニーが「優れた遺伝子」について語ることで、人種や美の基準に関する敏感な歴史的文脈に触れる可能性がありました。
- 歴史的背景への配慮不足: 広告のメッセージが、アメリカの歴史における優生学運動や白人至上主義のプロパガンダと容易に結びつけられる可能性がありました。特に、ドナルド・トランプ元大統領が過去に「悪い遺伝子」について言及していた政治的背景も、批判を加速させる要因となりました。
- クリエイティブチームの多様性不足: ある専門家は、アメリカン・イーグルのリーダーシップチームが非常に白人が多かったことを指摘し、多様な視点が欠如していたために、広告が潜在的な問題を見落とした可能性を示唆しています。
これらの兆候は、炎上前から綿密なリスク評価と事前対策が可能であったことを示唆しています。
炎上原因:ユーザーの怒りのポイント
ユーザーの怒りは、主に以下の点に集中していました。
優生学の想起
「Sydney Sweeney Has Great Jeans」というフレーズの「genes」との言葉遊びが、スウィーニーの容姿(金髪、青い目、白い肌)と結びつき、「優れた遺伝子」という概念を暗示していると解釈されました。批評家は、これが1900年代初頭のアメリカで普及し、白人至上主義を正当化するために利用された優生学を連想させると主張しました。一部のコメントでは、この広告が「ナチスのプロパガンダ」に似ているとまで言われました。
身体の性的対象化(男性目線)
広告におけるスウィーニーの身体へのカメラワークが、過度に性的であり、男性目線に迎合しているとの批判がありました。特に、キャンペーンが「家庭内暴力への意識向上」という慈善目的と結びつけられていたにもかかわらず、そのメッセージがセクシュアリティの強調によってかき消されてしまった点も問題視されました。
政治的・社会的文脈への配慮不足
キャンペーンが開始された時期が、ドナルド・トランプ元大統領が移民に関して「悪い遺伝子」に言及するなど、遺伝子や人種に関する議論が過熱している政治的緊張下にあったことも、批判を増幅させました。
企業の対応:実施内容と反応
アメリカン・イーグルは、炎上を受けて以下のような対応を取りました。
- 公式声明の発表: 批判が高まる中、アメリカン・イーグルはInstagramに声明を投稿し、「キャンペーンは常にジーンズそのものについてであり、スウィーニーのジーンズと彼女のストーリーについてだ」と主張しました。また、「素晴らしいジーンズは誰にでも似合う」と付け加え、多様性を尊重する姿勢を強調しました。
- 一部動画の削除: 論争の火種となった特定のプロモーション動画(スウィーニーが「genes」について語るもの)は、アメリカン・イーグルのソーシャルメディアチャンネルから削除されたと報じられています。
- 危機管理PR会社との連携: American Eagleは、外部の危機管理コミュニケーション専門家であるActumと連携していることが明らかになりました。
- 有色人種モデルの広告投稿: 炎上後、アメリカン・イーグルは有色人種のモデルを起用した他の広告をInstagramに投稿しました。これは一部のユーザーから「ダメージコントロール」と見なされました。
企業の声明に対して、一部のユーザーは「よくぞ意見を曲げなかった」と支持する声もありましたが、一方で「共感性の欠如だ」「広告よりひどい対応だ」と批判する声も上がりました。
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SNSの反応:感情のトーンや拡散ルート
SNS上での反応は、大きく二極化しました。
批判的なトーン
- 優生学・白人至上主義の主張: 多くのユーザーが、スウィーニーの容姿と「優れた遺伝子」の言葉遊びを結びつけ、「ナチスのプロパガンダ」「ファシスト的」「人種的ドッグホイッスル」と強く非難しました。
- 「トーンデフ」なキャンペーン: 特に、人種的な議論が活発な現代において、このような広告を打ち出したことを「トーンデフ(時代感覚がない)」と指摘する声も多くありました。
- 性的描写への不快感: 広告が過度に性的であると感じるユーザーも多く、女優の身体を不必要にクローズアップするカメラワークが批判されました。
- 拡散ルート: TikTokやX(旧Twitter)を中心に動画が拡散され、議論が爆発的に広がり、コメント数は1万1000件を超えました。
擁護・反発的なトーン
- 「ウォークネス」への反発: 批判そのものを「過剰反応」「ウォーク(過度に政治的正しさに敏感)すぎる」と一蹴する声が多数上がりました。特に保守派からは、この広告が「ウォークな」文化への反発を示すものとして称賛され、「ホットネス(性的魅力)が復権した」と主張する意見も出ました。
- 著名人の関与: ドナルド・トランプ元大統領がスウィーニーの広告を「最もホットな広告」と称賛し、スウィーニーが共和党員として登録されていることが報じられると、副大統領のJDヴァンス、テッド・クルーズ上院議員、ホワイトハウス広報部長のスティーブン・チョンといった共和党の著名人が次々に擁護の声を上げました。
- 「話題性」の評価: 一部のマーケティング専門家は、批判が集中したことでブランドの認知度が向上し、Googleトレンドでの検索関心度が20年以上で最高レベルになったことを指摘し、良くも悪くも「アテンション・エコノミー(注目経済)」において成功したと評価しました。
教訓:他社が学ぶべきポイント+未然防止策
このアメリカン・イーグルの事例から、炎上リスク担当者は以下の重要な教訓を得ることができます。
1. 言葉遊びやダブルミーニングのリスクを過小評価しない
教訓: 巧妙な言葉遊びは、意図しない、あるいは非常に敏感な解釈を引き起こす可能性があります。特に、歴史的・社会的にデリケートな文脈と重なる場合、そのリスクは著しく増大します。
未然防止策
- 多角的な視点でのレビュー: 広告コピーやビジュアルは、多様な背景を持つ人々(特にターゲット層だけでなく、社会全体)で構成されたチームでレビューし、潜在的な誤解や不快感を生む可能性がないか徹底的に検証する。
- 「最悪のシナリオ」を想定する: 意図しない最悪の解釈がなされた場合、それがどのような波及効果を生むかを事前にシミュレーションする。
2. 政治的・社会的文脈の深い理解と配慮
教訓: 広告は真空中で存在するものではなく、常に現在の政治的・社会的な「空気」の中で解釈されます。特に分断が進む社会では、些細な表現が大きな議論の火種となり得ます。
未然防止策
- 文化的な感度(Cultural Sensitivity)の向上: 定期的に社会情勢や主要な文化論争、社会運動について情報収集し、チーム全体の文化的な感度を高めるトレーニングを実施する。
- 専門家やコミュニティからのフィードバック: 必要に応じて、社会学者、歴史学者、文化評論家、あるいは特定のマイノリティコミュニティの代表者など、外部の専門家から意見を求める。
3. クリエイティブチームの多様性の確保
教訓: 広告制作チームの多様性(人種、性別、年齢、文化的背景など)が不足していると、特定の視点に偏った表現になり、潜在的な炎上リスクを見落とす可能性が高まります。
未然防止策
- DEI(Diversity, Equity, and Inclusion)の推進: 企画、制作、承認プロセスの各段階で、多様な視点を持つ人材が関与できる体制を構築する。
- 多様なステークホルダーの巻き込み: 社内外の多様な視点を持つ関係者(従業員グループ、顧客フォーカスグループなど)から初期段階でフィードバックを得る。
4. 「悪い注目」の代償を理解する
教訓: 「どんな注目でも良い注目」という考え方は、デジタル時代には危険です。短期的には話題性や株価上昇につながるかもしれませんが、ブランドイメージの毀損、従業員の士気低下、顧客離れなど、長期的な負の影響をもたらす可能性があります。
未然防止策
- ブランド価値との整合性: キャンペーンがブランドの核となる価値観と長期的な目標に合致しているかを常に確認する。短期的な話題性の追求が、長期的なブランド構築を損なわないように注意する。
- インフルエンサー選定の慎重さ: 起用するインフルエンサーの過去の言動や政治的スタンスも調査し、ブランドとの親和性だけでなく、潜在的なリスクも評価する。
5. 危機対応の透明性と共感性
教訓: 危機発生時の声明は、単なる事実の羅列ではなく、消費者の懸念に共感し、透明性を持って対応する姿勢が求められます。定型的な「AIが書いたような謝罪」は逆効果です。
未然防止策
- 迅速かつ本質的な対応: 炎上初期段階で状況を正確に把握し、迅速かつ誠実なメッセージを発信する。
- 「なぜこうなったのか」の説明: 懸念の声に対して、「なぜこのような表現になったのか」「懸念をどう受け止めているのか」「今後どう改善するのか」を具体的に説明し、対話の姿勢を示す。
まとめ:行動につなげる振り返り
アメリカン・イーグルのシドニー・スウィーニー広告炎上事例は、現代のマーケティングにおいて、単なる商品の魅力だけでなく、その背後にある言葉、視覚表現、そしてそれらが呼び起こす歴史的・社会的文脈への深い理解と配慮が不可欠であることを明確に示しました。
炎上リスク担当者は、以下の点を今後の行動に繋げるべきです。
- 事前のリスク評価を徹底する: 「議論を呼ぶ」ことを狙う場合でも、どのような議論を呼びたいのか、そして望ましくない議論が生まれた場合のダメージを明確に予測し、対策を講じる必要があります。特に、ブランドのコアターゲット以外の層や、社会の分断が生じている争点に触れる際には、極めて慎重なアプローチが求められます。
- 多様な視点を取り入れる重要性: 広告制作プロセスにおいて、多様なバックグラウンドを持つメンバーや外部の専門家からのフィードバックを積極的に求めることで、潜在的な盲点を回避し、より包括的で共感を呼ぶメッセージを構築できます。
- 危機発生時の迅速かつ誠実な対応: 炎上発生後は、定型的な声明に終始するのではなく、ユーザーの感情や懸念に寄り添い、透明性を持って対話する姿勢がブランドの評判を守る鍵となります。
今回の事例は、ブランドが現代社会の複雑な文化論争の中で、いかに立ち位置を定め、メッセージを発信していくべきかという問いを投げかけています。短期的な話題性の追求が、長期的なブランド価値の毀損につながらないよう、慎重かつ戦略的な広報活動が求められます。
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