ブラック企業が経済的に非合理な4つの理由

斉藤徹 | 2013/09/19

 「ブラック企業」という言葉が、ある種のバズワードとなってビジネス界にインパクトをあたえている。語源は諸説あるが、2ちゃんねるへの書き込みをもとにした『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』という書籍(2008年)の出版、および映画化(2009年)が、ネット上に広まるきっかけになったようだ。

 

 ブラック企業として問題視されているのは、主に「サービス残業を含む過酷な長時間労働」「理不尽なパワハラによる社員統制」「巧妙で非人道的な解雇手段」の3点であり、特に若者の離職率が高い企業は「ブラック企業」のレッテルを貼られることが多い。

 

ブラック企業の実態とは?

 実際に厚労省統計によると、減少傾向にあった新卒就職者の離職率が2009年以降は増加に転じている。ターニングポイントとなったのは、2008年9月のリーマンショックだろう。それ以降、雇用情勢は急速に悪化し、そのしわ寄せが若年層に向かった可能性が高い。中でも、教育・学習支援(48.8%)、宿泊・飲食サービス(48.5%)、生活関連サービス・娯楽(45.0%)が若年層離職率においてワーストスリーの業種とされた。(出所: 厚生労働省「新規学卒者の離職状況に関する資料」)

 


出所: 厚生労働省「新規学卒者の離職状況に関する資料」
 

 ブラック企業に対するネット上の反応は極めて厳しい。一部の著名企業、特に自らの非を認めない辣腕(らつわん)経営者に非難が集中し、過剰なまでの炎上劇が繰り返された。その炎上の原点にあるものは、前記事「賞賛と炎上をわけるもの」にて詳しく書いたので参考にしてほしい。

 

 使う立場の「経営者」と使われる立場の「従業員」、利益を追求する「経営者」と搾取される「従業員」。糾弾する左派からは「必然的に対立する労使関係の構図」でブラック企業が語られる傾向が強いが、果たして本当にそうなのだろうか。利益を追求するためにブラック企業の手法は有利なのだろうか。社員を追い詰めれば追い詰めるほど企業の業績はアップするのだろうか。

 

この記事では、安易な二項対立に陥ることなく、労働問題の根幹とも言えるテーマに光をあて、ブラック企業の経済合理性を客観的に分析していきたい。

 

1. 経営資源の流出

 ブラック経営者の狙いどころは「劣悪な労働環境と強制的なサービス残業によるコスト圧縮」にある。まず、この直接的な経済合理性を考察してみたい。

 

 結論から言えばサービス残業は違法であり、労働時間が証明できれば、過去にさかのぼって残業代を支払う義務が発生する。実際に労基署の監督指導により、平成23年だけで1312法人が約146億円にも上る是正給与を支払った。併せて、不当解雇も違法であり、損害賠償請求のリスクをはらむ危険な行為だ。特に退職した社員は企業を訴えることに躊躇(ちゅうちょ)がないため、ブラック経営者は常に喉元にナイフをつきつけられた状態にあると言えるだろう。

 

 ブラック企業がネットで頻繁に取りあげられるようになったために、厚労省も敏感になっている。2013年9月を「過重労働重点監督月間」とし、疑惑のある4000社以上に対して、労働Gメンの検査がはじまった。初日だけで1042件の電話相談が寄せられ、うち半数は20代、30代の若手社員だという。彼らはソーシャルメディアによって常に情報を交換し、企業に対する監視を強めている世代だ。自社だけは隠蔽できるという甘い考えは、ネットに疎い経営者の幻想にすぎない。

 

 また是正給与や損害賠償を支払うリスクの他に、社員入れ替えのための実費用が発生する。採用にかかるコストは企業ブランドによって大きく異なるが、平均すると1人あたり50万~100万円程度が必要となる。実際にブラック企業は求人広告の常連となっているケースが多い。

 

 採用コストだけでなく、新人が業務を学ぶための教育コスト、退社準備期間の人件費などを考えると、社員一人当たりの入れ替えには数百万円の経費が必要だ。それは新人社員の年間人件費にも匹敵するもので、経済合理性があるとは言いがたい。

 

 併せて、劣悪な労働環境、人の出入りが絶えない企業に優秀な人材が残るとは考えにくい。人材流出によって組織内にスキルやノウハウが蓄積されないことも直接的な経営資源の毀損(きそん)と言えるだろう。目先の利益を追うブラック経営は、結果的に「人」「金」「情報」といった貴重な経営資源を垂れ流し、ライバル企業に提供し続けているのだ。

 

2. 企業ブランドの毀損

 ブラック企業に関する投稿は生活者の強い反感を買うため、Twitterなどでも極めて伝播力が強く、かつ人々の記憶に残りやすい。例えば、居酒屋チェーン和民の社員過労死は、彼女の悲痛な叫びが直筆の日記というカタチで可視化されたこと、それに対して渡辺美樹元会長の「労務管理ができていなかったとの認識はない」(全文は*1) というツイート、さらに「労働局の決定は遺憾」(全文は*2)というワタミ広報からのツイートが反感に拍車をかけ、ネット上で非難の大合唱となった。それ以降、渡邉氏ないしワタミに関連する投稿は、ソーシャルメディア上で過剰なまでに反感が渦巻くようになり、幾度となく炎上を繰り返している。

 

 現実的には、2001年に未払い残業代38億円を支払ったモンテローザ、2007年に新入社員の過労死事件を起こした大庄などの例を見ても分かる通り、労働環境の改善は居酒屋業界における共通の課題と言える。

 

 渡辺氏もその点を強調し、自らのホームページで3年以内離職率42.8%などが業界平均を下回っていることをアピールしたが、その言葉は生活者には響かなかった。彼は自らの正当性を強調するよりも、足元の問題点を直視し、被害者への謝罪とそれに対する改善策のみを真摯に訴えるべきだった。生活者が嫌う根幹を変えない限り、ブランドイメージは変わらない。生活者の多くは、企業を理性ではなく感情で捉えているからだ。

 

 ネガティブなブランドイメージはマスメディアの材料にもなってしまう。店舗の売り上げや利益にも影響するし、採用コストにも跳ね返る。外食産業総合調査研究センター調査によると2012年の居酒屋・ビアホールなど産業の売上高は前年比1.5%減であるのに対して、ワタミの国内外食産業の売上高は3.8%減と業界平均を下回った。特に業態別に見ると、和民4.4%減、わたみん家4.2%減と「ワタミ」であることを明示したブランドの売上減少が目立っている。企業イメージとの直接的な因果関係は不明だが、数値的な事実として触れておく。

 


(出所: 2013年3月期 ワタミ株式会社 決算説明会資料)
 

3.社員生産性の低下

 ブラック企業におけるマネジメントの特徴は、社員を心のないものとして扱う過度な統制志向にある。特に問題なのは「精神的に追い詰めるマネジメント」が常習化し、過度の統制を当たり前に感じる雰囲気が出来上がること。この状態はマインドコントロールに近く、言いようのない閉塞感と諦めが漂うようになる。次第に理不尽さを強要する文化が定着し、社員が相互にワークライフバランスを崩しあう蟻地獄に陥ってしまう。

 

 しかしながら心理学の研究がすすみ、社員を精神的に追い詰める手法は、労働生産性にマイナスとなることが明らかになった。社員の幸福感が、業務の生産性や創造性と強い比例関係にあることが分かってきたのだ。例えば、ポジティブ心理学の研究(*3)によると、幸福感の高い社員の生産性は平均で31%、売り上げへの貢献は37%、創造性は300%向上するという調査結果が出ている。社員の幸せと仕事の生産性は決して無関係ではないのだ。

 

 さらに心理学の研究(*4)から、ブラック企業における典型的な統制方法である「アメとムチ」は、試行錯誤しながら解決策を考えるタイプの仕事にはマイナスに作用することがわかってきた。ブラック企業における理想の組織像は「社員が経営者の思い通りに手足のごとく動く」ことだが、それは流れ作業のような単純な仕事しかなかった100年前の古びた発想だ。

 

 ブラック企業が多いとされるサービス産業においても例外ではない。今や国内のサービス産業は成熟化しており、顧客がお金を出す判断基準は、品質や価格、納期などの「機能価値」から、顧客経験で得られる心理的な「情緒価値」にシフトしつつある。情緒価値を提供するためには現場社員の創意工夫がキーとなるが、それには「アメとムチ」による統制がマイナスに働いてしまう。今、サービス業は、規律から自律へとマネジメントスタイルの変革が求められているのだ。この点は前記事「社員が自ら動き出す組織のつくり方」で詳しく書いたので参考にしてほしい。

 

4.社員間の信頼関係、ソーシャルキャピタルの毀損

 労働生産性は、社員個人の能力だけで測れるものではない。組織全体の力を考えると、社員間の信頼関係やチームワークに着目する必要がある。近年の研究で、社員間の信頼関係が基礎となる「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」が、社員個人の「ヒューマンキャピタル(人的資本)」に匹敵するほどの価値を生み出すことがわかってきた。

 

 例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)のチームワーク研究(*5)を例にとろう。昼食シフト制をとっていたコールセンター組織において、協業メンバーが同時に食事を取れるよう休憩時間を工夫したところ、一般的な効率指標である「電話応対の平均処理時間」において、8%もの改善が見られたのだ。併せて、コールセンターにおける社員満足度も高まり、中には10%以上も向上した組織があったという。

 

 社員個人の能力だけではない。社員同士の絆にこそ経済的な価値があるのだ。この目に見えない経営資本である「ソーシャルキャピタル」は、社会学や経営学において、最も研究が盛んな分野の1つとなっている。ソーシャルメディアがもたらした価値も、世界的なソーシャルキャピタルの醸成とも言えるのだ。

 

 なお、社員間の信頼関係には、組織内で深いつながりを持つ「強い絆」と、顔見知り程度の「弱い絆」がある。前者は「暗黙知」をベースとしてノウハウを深める「知識の深化」に優れ、後者は「形式知」をベースにして多様な情報を収集する「知識の探索」に強みがある。一般的に、コールセンターのような成熟した産業には「強い絆」が、IT系など絶え間なくイノベーションが孵化する産業には「弱い絆」が、より重要な価値をもたらすと考えられている。

 

 社員同士の信頼関係を「企業の貴重な資本」として捉え直すと、今まで合理的と考えられていた経営施策は見直しを迫られるはずだ。必然性に乏しいダウンサイジングは、社内に蓄積された「ソーシャルキャピタル」を破壊するのに最も効率的な手法だ。退職社員が持っていた社内外の人間関係はもちろんのこと、社内に残された社員と経営陣との信頼関係も大きく損なわれる。特に「解雇部屋」や「ロックアウト解雇」などの非人道的な施策は、経営陣への信頼感を一瞬で崩壊させる経済的にも非合理な手段なのだ。

 

 パナソニックに吸収合併された旧三洋電機の人事部元幹部の「リストラは麻薬」(朝日新聞「リストラは麻薬。悔いる声 常習化で会社の競争力失う」) というインタビュー記事には、過度な社員解雇がもたらす負の効果が、次のように生々しく表現されている。

 

 「リストラは麻薬だった。一時的には人件費などの固定費が減り、業績は上がる。でも同時に優秀な人材ほど見切りをつけて流出した。残った人も勤労意欲がうせ、開発の芽が摘まれた。企業の成長力がそがれて業績はさらに悪化し、またリストラに頼る。常習性が出てくるんですよ (中略) 結局、正社員を退職させ、派遣などに置き換えただけ。競争力がなくなったのも当然だった」

 

 目に見えるものだけが経営資本ではない。むしろ「見えない」からこそライバルとの差別化要因になるのだ。知財、ブランド、そしてソーシャルキャピタル。三洋の事例は、安易なリストラに走り、目に見える資本と見えない資本のバランスを保つことに失敗した経営者の責任がいかに大きなものか、それを僕たちに問いかけるものだ。

 

滅私奉公を卒業することこそ、日本企業が新たに飛躍する鍵となる

 最後に、日本独特の現象とも言える過労死について言及しておきたい。日本では未だに過労死の被害が後を絶たない。2012年における過労死の請求件数は842件、決定件数は741件、支給決定件数は338件に及んでいる。

 


出所: 厚生労働省「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況
 

 暗黙の強制による長時間残業や休日勤務、それらがもたらす精神的・肉体的負担が死因となる「KAROSHI」は他国語の辞書にも掲載されている。なぜなら先進国には過労死の事例がほとんどないからだ。中国などの新興国では散見されるが、日本で発生する「ホワイトカラーの過労死」は世界でも極めて稀と言われている。

 

 海外先進国では、金銭的報酬に見合わない労働を行う習慣は基本的に存在しない。また転職が日常的に行われていること、労働契約違反に対する損害賠償が高額なことなど、個人の自由を尊重する文化が過労死を防止する要因になっているのだ。日本においても労働基準法は整備されているが、大企業はおろか官公庁においても法律が遵守されないことが多い。

 

 その根っこにあるのは「滅私奉公」の道徳観だと筆者は考えている。個人的な感情を抑えて公に奉ずる。武士道にも通じる考え方で、日本では古くから美徳とされていた。顧客への「おもてなし」を、社員の滅私奉公で実現する。これが典型的な日本企業の経営スタイルだ。しかし、経営者は勘違いしてはいけない。滅私奉公や根性論に経済合理性はない。多くの日本企業が暗黙に持つ歪んだ考え方を修正することは、日本の経営者にとって重大な責務と言えるだろう。

 

 世界はますます透明になっていく。ブランドイメージをお金で買うこともできなくなった。人々が深くつながった時代に繁栄できるのは、社員にも顧客にも、そして退職した社員から求職に来た学生にいたるまで、あらゆる生活者に共感と信頼を持たれる企業のみだろう。生活者の反感を買う企業の立ち振る舞いは、瞬く間に生活者に共有され、ブラック企業のレッテルを貼られてしまう。このブランド毀損による経済的な損失は、社員解雇で浮く一時的な人件費などよりも遥かに重い。

 

 筆者は左派ではない。むしろ20年以上、苦杯を舐めながら創業者として歩んできた立場にある。あくまでも経営視点から見ても、ブラック経営に経済合理性はない。そしてソーシャルメディア時代において、社員や顧客に嫌われるリスクが、今までとは比較にならないほど大きくなったことに、経営者は気がつかなければいけない。社員を苦しめれば経済的にも疲弊する。結果的に危うくなるのは、経営者や人事担当者自身のクビなのだ。

 

  • *1 … 「労災認定の件、大変残念です。四年前のこと 昨日のことのように覚えています。彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの認識は、ありません。ただ、 彼女の死に対しては、限りなく残念に思っています。会社の存在目的の第一は、社員の幸せだからです」
  • *2 … 「本日、一部報道におきまして当社グループが運営する店舗に勤務していた元社員につき労災と認定されたと報道がありましたが、報道されている勤務状況について当社の認識と異なっておりますので、今回の決定は遺憾であります」
  • *3 … ポジティブ心理学者ソニア・リュボミアスキーらによる調査結果
  • *4 … 心理学者エドワード・デジらによる調査結果
  • *5 … MITメディアラボ教授アレックス・サンディ・ペントランドによる調査結果

 

 

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COMMENT

3 件のフィードバック

  1. upinetree より:

    "滅私奉公や根性論に経済合理性はない" うむ。

  2. pianocello7 より:

    同意。

  3. se-mi より:

    経営哲学的なものが浸透した結果がブラック企業なんだと思う。哲学を守るためにはモラルはおろか、経営資源やブランド価値などは二の次。

AUTHOR PROFILE

  • 著者:斉藤徹

株式会社ループス・コミュニケーションズ代表取締役。

 

1985年、慶應義塾大学理工学部を卒業し、日本IBM株式会社入社。1991年2月、株式会社フレックスファームを創業。2005年7月、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業し、ソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開。20年を超える起業家としての経験とビジネスに関する知見に基づき、ソーシャルシフトの提唱者として「透明な時代におけるビジネス改革」を企業に提言している。著書に『再起動 リブート』(ダイヤモンド社)『BEソーシャル 社員と顧客に愛される5つのシフト』『ソーシャルシフト これからの企業にとって一番大切なこと』(日本経済新聞出版社)、『新ソーシャルメディア完全読本』(アスキー新書)、『ソーシャルシフト 新しい顧客戦略の教科書』(共著、KADOKAWA)など多数。

 

2016年4月から学習院大学経済学部経営学科の特別客員教授に就任。「起業論」「企業経営とトップマネジメント」「企業経営とソーシャルキャピタル」「インキュベーション塾」の講義を担当する。

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