数字か人か–現代のビジネスを揺さぶる核心

斉藤徹 | 2013/10/09

数字か人か–現代のビジネスを揺さぶる核心

マクロの視点とミクロの視点

 「木を見て森を見ず」という言葉がある。細部にこだわると全体を見失ってしまう、そんな意味のことわざだ。同じものを見聞きしても、立場によって「モノの見方」がまったく違う、なんてことは珍しいことではない。

 

 企業の組織においても同様だ。経営層から「マクロ視点」で見下ろす企業組織と、現場から「ミクロ視点」で見上げる企業組織は、同じ実体であってもその見え方はまったく異なってくる。組織が大きくなれば、なおさらのことだ。経営層は組織を「心のない機能構造」として扱うのに対して、現場社員は組織を「心を持つ同僚の集まり」だと考えるからだ。大和田常務と半沢直樹、警視総監と青島刑事は、そもそも見ている景色がまったく違うのだ。

 

 実際の僕たちは心を持ち、異なった個性を持っている。狩猟をするため、農耕をするため、工業製品をつくるため、ひとりではできないことを協力して達成するために、人間は古くから組織をつくってきた。組織が小規模な場合は参加メンバーの個性が際立つが、100人、1000人と大規模になるにつれ、メンバーの個性は埋没し、組織としての個性が滲みだしてくる。

 

 その組織を機能させ、成果をあげることが「マネジメント」の役割だ。そのためには組織全体からの俯瞰的な視点が重要となってくる。一方で、組織に参加しているのは心を持った人々だ。彼らは人間として尊重され、ひとりひとりが幸せになることを強く望んでいる。

 

 マクロの視点か、ミクロの視点か。事業の視点か、人間の視点か。「マネジメント」という概念が登場したのは約100年前のことだが、それ以来、このマクロ(事業)とミクロ(人間)の視点は、相反する課題を抱えつつ、相互に補完しあいながら発展してきた。この記事では、今、あるべき組織像を知るために、2つの視点でマネジメントの歴史を探っていきたい。

 

マクロ視点の原点、科学的管理法

 チャップリンの偉大なる名作『モダン・タイムス』をご存知だろうか。オープンニングに流れる「人間の機械化に反対して、個人の幸福を求める物語」というメッセージに、彼がこの映画で伝えたかったことが集約されている。舞台は100年前の巨大な工場、チャップリン演じるチャーリーが巨大歯車に巻き込まれるシーンは、機械の一部となって働く人間を象徴して、大きな話題になった。

 

チャップリン演じるチャーリーが巨大歯車に巻き込まれるシーン(出所: 「モダン・タイムス」チャールズ・チャップリン)
チャップリン演じるチャーリーが巨大歯車に巻き込まれるシーン(出所: 「モダン・タイムス」チャールズ・チャップリン)

 

 ここで、マネジメントの歴史を分かりやすく体感するために、テレビドラマ『半沢直樹』にならい、家電メーカー「東京中央電気」を舞台として「マクロ視点」の大和田派と「ミクロ視点」の半沢派の争いというカタチで、時代の変遷を追ってみたい(東京中央電気は、最新のマネジメント理論を導入する大手家電メーカーとして筆者が仮定したものです)。

 

 東京中央電気は、家電製造を本業とする老舗メーカーだ。1920年当時、また中規模だった工場にベルトコンベアによる流れ作業を導入したのが大和田暁社長だった。朝から晩まで部品のねじを回し続ける。そんな単純作業が工員の仕事だ。冷徹な社長は労働者たちを常に監視するシステムを構築し、職長を通じて指示を出す。同じ人間から機械の歯車のように扱われ、社員たちの尊厳は傷つけられる。しかし、その成果は目を見張るほどで、導入前と比較して生産性はなんと5倍にアップし、瞬く間に競合他社を圧倒してゆく。一方で、単純作業の果てに心を病み、退社していく社員も絶えなかった。

 

 この時、大和田社長が駆使したのが、フレデリック・テイラーが開発した「科学的管理法」だ。仕事を分析し、労働者が1日でこなすべき仕事を分配する。計画する監督者と、実行する作業者を明確にわけ、それぞれの仕事を規定する。この「科学的管理法」こそマクロ視点(事業視点)のマネジメントの始まりだ。働く者の人間性を軽視するなど批判も多かったが、製造業に劇的な生産革命をもたらし、大量生産、大量販売を実現する原動力となった。

 

ミクロ視点の原点、人間関係論

 さて、その後の東京中央電気をのぞいてみよう。大和田社長が科学的管理法で工場を拡大していく一方で、現場の星、半沢直樹が人事部長に就任したようだ。

 

 1935年、東京中央電気は大量生産に磨きをかけていたが、一方で労使間の対立は深刻化していった。そんな悩み多き時代に、若き半沢直樹が人事部長に就任した。ある日、半沢は「ホーソン実験」*1 という記事を見つける。そこには、彼の常識をくつがえす驚くべき内容が書かれていた。労働者の意欲こそ生産性に影響を与えるという実験結果だ。

 この考え方は、労働者を「心のない機械」として扱う大和田社長の方針と真っ向から対立するものだった。半沢部長は、古くから現場社員とともに歩んできたので、職場の連帯感や信頼関係を大切にする「人間関係論」に強い共感を感じた。彼は現場社員との対話を丁寧に進め、彼らの意見を職場改善に取り入れていった。社員たちは半沢の施策を支持し、労使の対立を緩和させることに成功した。

 

 有名な「ホーソン実験」から導きだされた結論は、お金やオフィス環境による動機づけより、職場の人間関係の方が生産性に大きく影響するということだった。これをもとに生まれた「人間関係論」は、ミクロ視点(人間視点)のマネジメントの原点となるものだ。それ以降、マクロ視点(事業視点)とミクロ視点(人間視点)のマネジメント論は、それぞれの系統に分かれ、お互い刺激しながら研究が進んでいくことになる。

 

大戦後、マネジメントの時代が到来

 第二次世界大戦を経て、焼け野原から奇跡的な経済再建が始まったころ、東京中央電気ではついに半沢直樹が社長に就任した。

 1950年、朝鮮戦争の特需で日本復興が本格化。社長に就任した半沢が最も影響を受けたのはピーター・ドラッカーの著書『企業とは何か』だった。企業は単なる収益マシンではない。社会組織として自社がどうあるべきか、企業の社会的使命を真剣に考えるようになったのだ。そのころ、工場にも新しい風が吹きはじめた。製造部長に就任した大和田暁の息子が、品質管理や工程管理など最新の手法を工場運営に取り入れ、機械による自動制御にも着手したのだ。工場が機械化されると、社員の担当すべき仕事は、機械にこなせない高度な労働に進化していく。半沢社長は、そんな現場社員たちの士気やモラルを高めるために、リーダーシップや動機づけなどに力を入れはじめた。

 

 「もしドラ」で有名なピーター・ドラッカー、彼の登場によって「マネジメント」という言葉が広く一般に使われるようになる。ドラッカーの理論は科学的な手法で検証されたものではないため、学問の世界では軽視されているものの、ビジネスパーソンの間ではその名言が神格化され、その後の企業経営にも大きな影響を与え続けた。

 

 この時代はマネジメントが急速に発展した時代だ。ミクロ視点(人間視点)のマネジメントでも科学的なアプローチが進み「行動科学」として進化してゆく。その流れで登場したのが、アブラハム・マズローの「欲求段階説」やダグラス・マクレガーの「X理論Y理論」などだ。

 

 それぞれの理論で、前提とする人間観が異なっているのも興味深い点だ。

 

  • 科学的管理法の人間観は、人は金を求めるものだとする「経済人モデル」
  • 人間関係論の人間観は、仲間との信頼や連帯感を求めるものだとする「社会人モデル」
  • 行動科学の人間観は、自分の潜在的な能力を高めて実現したいとする「自己実現モデル」

 

マクロ視点が進化し、戦略的経営が一世を風靡

 1970年になると、世界経済は不確実性の時代に入っていく。モノをつくれば売れる時代が終焉し、マーケティングの重要性が増してくる。いかに競合企業に勝ち、業界において高いシェアを獲得するか。経営者の関心は競争に向きはじめた。そのころ東京中央電気では、工場の先進化を進めた大和田暁の息子が社長に就任した。彼らの様子を見てみよう。

 

 1970年、競争環境が激化する中で経営を引き継いだ大和田社長は、父の影響を受けてマクロ視点(事業視点)で全社を俯瞰し、最新のマネジメント理論やマーケティング理論を自社に取り入れ始めた。BCG(Boston Consulting Group)が考案した「経験曲線」や「成長シェア・マトリックス」などだ。自社の事業は、負け犬、問題児、金のなる木、花形のいずれなのか。それは市場でナンバーワンないしナンバーツーを確保できるのか。これからは科学的経営の時代だ。彼はそう確信し、自社の事業を分析し、経営戦略を策定する。コンピュータ産業が急成長し、ITによる業務改善が進んだ背景もあった。東京中央電気は冷徹な戦略経営に舵を切り、大胆な事業再編と社員のレイオフを開始した。

 

 この時代、コンサルティングファームの台頭で、顧客やコスト、競合や市場予測などを分析し、緻密な計画を立案する手法が普及する。マイケル・ポーターの『競争の戦略』が教科書となり、GEの最高経営責任者(CEO)、ジャック・ウェルチが大胆に戦略経営を推進した。

 

 事業の選択と集中を行い、20万人近い社員を整理し、60億ドル以上の経費を節約する。会社を守り、社員を守らない姿勢は「建物を壊さずに人間のみを殺す中性子爆弾」に例えられて「ニュートロン・ジャック」と揶揄されたが、GEの株価を30倍にして20世紀最高の経営者と讃えられた。そしてMBA、リストラ、M&A、成果主義がブームとなった。マクロ視点(事業視点)に力点が移り、行き過ぎた資本主義の導火線となった時代といえるだろう。

 

 1990年代、東京中央電気では戦略経営を推進する大和田派閥が全盛時代を迎え、大和田暁の孫が社長に就任した。米ソの冷戦も終わり、世界は資本主義一色に染まっていく。会社は株主のものであり、利益を最大化させるための投資対象だ。インターネットの普及もはじまり、経済は一気に国境を超えた。同社の株主にはヘッジファンドが名を連ね、大和田社長の報酬はストックオプション連動となった。株主と経営者がインセンティブを共有したのだ。事業目的は、自社利益、シェア拡大、企業価値の追及だ。彼は迷いもなくグローバル資本主義をひた走った。

 

 競争の戦略、集中と選択、時価総額経営。マネジメントはマクロ視点(事業視点)に加速していく。MBAでは戦略論が中心を占め、ミクロ視点(人間視点)は傍流へ押しやられた。トム・ピーターズは「エクセレント・カンパニー」で組織文化の重要性を説き、分析主義の戦略論を批判したが、彼らがエクセレントと判断した企業の3分の1が数年後には衰退したとの指摘を受ける。ミクロ視点(人間視点)のマネジメント論は成熟していない。そんなマクロ視点(事業視点)の学者からの批判は厳しかった。

 

 さらに、ヘッジファンドが登場したことで、株主資本主義が加速した。企業の持ち主として君臨する彼らは、株を売り抜けて金を儲けることが唯一の目的で、投資先企業への忠誠心など皆無といって良い。経営者も自らの報酬を株価と連動させ、短期利益、拡大至上主義に傾倒していった。

 

事業視点と人間視点、バランスのとれたマネジメントへ

 しかし、カタストロフィーは突然訪れた。サブプライムローン問題に端を発した金融危機は、2008年9月にリーマンブラザーズの破綻を誘引した。そして世界は100年に一度ともいわれる同時不況に突入していく。世界金融危機を経て、世界はグローバル資本主義に疑問を持ちはじめた。ソーシャルメディアも普及し、企業は強く社会性を問われる存在となってゆく。東京中央電気でも今までと異なる価値観が求められはじめた。そんな中、ついに半沢直樹の孫が社長に就任する。

 

 2010年、世界金融危機で120億円もの巨額損失を計上した東京中央電気では、大和田社長が引責辞任し、代わりに半沢直樹の孫が社長を引き継ぐことなった。半沢社長は金融危機を目の当たりにして、大和田派閥と価値観を異にしていた。時を同じくしてソーシャルメディアの登場し、世界に浸透していく。人々は深くつながり、顧客や社員、地域の人々がボーダレスにコミュニケーションするようになった。透明性の時代が到来したのだ。企業はもはや裏表のある行動をとることができない。半沢社長も企業の社会性について強く意識しはじめた。社会との共存共栄を目指すこと。マクロ視点(事業視点)も重要だが過信してはいけない。ミクロ視点(人間視点)を合わせ持ち、何よりバランスを大切にすること。フラットになった世界に、会社の組織も合わせていかなくてはいけないこと。若き半沢社長はそれらを直感的に理解した。同社は第二創業を決意し、新社長のもと、社員たちは険しくも新たな道のりを歩み始めた。

 

 金融危機は、結果的にマネジメントのバランスを適正化した。ミクロ視点(人間視点)では、持続性を求めてイノベーションとリーダーシップという二つのテーマに向かいはじめた。またソーシャルメディアの登場などで、ソーシャルキャピタルやネットワーク論といった社会学に基づく経営理論も注目されている。

 

 一方、マクロ視点(事業視点)では、自社利益を最大化するための利己的な戦略論から、社会との共存共栄を目指す経営論に力点が移りつつある。戦略論の騎手だったマイケル・ポーターが2011年に提唱したCSV(Creating Shared Value、社会との共通価値)という考え方がその流れを象徴している。

 

 企業はもとより社会的な存在であり、社会との共通価値を生み出す使命を持っている。そして、事業と人間、経済人と社会人、数字分析と人間関係。これらは切ろうとしても切ることはできない。2つの視点が1つになって、初めて完成された経営システムになるのだ。

 

 冒頭で紹介した映画『モダン・タイムス』は、フォード社の工場を見学したチャップリンが、その光景にインスパイアされて制作された映画だった。生活を豊かにするはずの機械が、逆に一般市民を苦しめているのはなぜだろうか。彼の問題意識はそこにあった。

 

出所: 『モダン・タイムス』チャールズ・チャップリン
出所: 『モダン・タイムス』チャールズ・チャップリン

 

 そもそも、マネジメントは人々を幸せにするものであるべきだ。幸せにすべき対象は株主だけではない。また財務的な数値は、企業が継続するための手段であって目的と考えていけない。社員の幸せ、顧客の幸せ、取引先の幸せ、地域社会への貢献、そして持続的に成長するための利益。マネジメントの本質は、ビジョンとバランスの技術といっても良いだろう。

 

 マネジメントの原点となったフレデリック・テイラーは「今までは人が第一だった。これからはシステムが第一となる」と語り、工業化社会の幕開けをけん引した。それから100年の時を経て、世界の人々はソーシャルメディアで協調のパワーを手に入れた。透明な時代の中で、僕たちは「人中心のシステム」を創造すべく、新たな岐路に立たされている。

 

 規律から自律へ、統制から透明へ、競争から共創へ、機能から情緒へ、利益から持続へ。すべての人に貢献し、持続可能な経営を求めて。マネジメントが持つべき価値観は確実に変わりはじめている。

 

*1: ホーソン実験

  1924年から1932年にかけてエルトン・メイヨーらが「ホーソン実験」を行った。彼らは工場の生産性を向上させるために、さまざまな科学的施策を投入する。照明や温度、騒音などの物理環境、休憩時間などの作業環境、インセンティブ制度の変更など、多様な要因を一つずつ変化させ、その効果を検証した。しかしながら、実験結果は彼らの予想を覆すものだった。施策によらず、すべてのケースで生産性が向上したのだ。なぜ、生産性が向上したのだろうか。メイヨーはその理由を「労働者たちがこの実験の意図を知っており、しばしば意見や提案を求められていたことにある」と推測した。職場においては、経済的・物理的な動機づけより、社会的・心理的動機づけの方が生産性に大きく影響するという考え方だ。このホーソン実験をもとに生まれた「人間関係論」は、ミクロ視点のマネジメントの原点となるものだ。

 

【組織の透明力】


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AUTHOR PROFILE

  • 著者:斉藤徹

株式会社ループス・コミュニケーションズ代表取締役。

 

1985年、慶應義塾大学理工学部を卒業し、日本IBM株式会社入社。1991年2月、株式会社フレックスファームを創業。2005年7月、株式会社ループス・コミュニケーションズを創業し、ソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開。20年を超える起業家としての経験とビジネスに関する知見に基づき、ソーシャルシフトの提唱者として「透明な時代におけるビジネス改革」を企業に提言している。著書に『再起動 リブート』(ダイヤモンド社)『BEソーシャル 社員と顧客に愛される5つのシフト』『ソーシャルシフト これからの企業にとって一番大切なこと』(日本経済新聞出版社)、『新ソーシャルメディア完全読本』(アスキー新書)、『ソーシャルシフト 新しい顧客戦略の教科書』(共著、KADOKAWA)など多数。

 

2016年4月から学習院大学経済学部経営学科の特別客員教授に就任。「起業論」「企業経営とトップマネジメント」「企業経営とソーシャルキャピタル」「インキュベーション塾」の講義を担当する。

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