2019年3月1日、トヨタ自動車の公式Twitterアカウントが「女性ドライバーの皆様へ質問です。やっぱり、クルマの運転って苦手ですか?」というアンケートを投稿したところ、「『やっぱり』って何? 女性蔑視?」「普通の運転で男女差ってあるのでしょうか」といった批判が殺到し、同日中に投稿が削除され、謝罪に至るという炎上騒動となりました。
この一件から学べるのは、「言葉の持つ力」と「社会的な文脈への理解」の二点です。大手企業の影響力を鑑みると、ジェンダーのようなデリケートなテーマはより慎重に扱うべきであり、意図せずともステレオタイプを助長する表現は広範囲にわたる不快感を引き起こし、企業のブランドイメージに大きな損害を与える可能性があることを示唆しています。
トヨタが「女性ドライバーの皆様へ質問です。やっぱり、クルマの運転って苦手ですか?」等と女性の運転技量が劣っているかのように決めつけたアンケートで炎上しても「ご不快にさせてお詫び」←NEW!https://t.co/2vqCQKMBe1 pic.twitter.com/3n6deGnbnR
— 雪原 (@ykhre) March 1, 2019
概要:事実の時系列整理
- 2019年3月1日午前: トヨタ自動車の公式Twitterアカウントが、女性ドライバーに対し「やっぱり、クルマの運転って苦手ですか?」と質問するアンケートを投稿。「#投票で教えてね」のハッシュタグとともに、「とても苦手」「すこし苦手」「どちらでもない」「得意です!」の4つの選択肢が設けられました。
- 2019年3月1日午後: 投稿から数時間で「『やっぱり』って何?女性軽視?」「苦手選択肢が2つ?バカにしてるとしかいいようがない」など、SNS上で批判が殺到・拡大しました。午後3時時点で8,000件以上の回答が集まっていましたが、その多くは批判的なリプライでした。
- 2019年3月1日午後3時過ぎ: トヨタは問題のツイートを削除しました。
- 2019年3月1日午後3時55分: トヨタは公式アカウントにて、「女性の運転技量が男性よりも劣るかのような不適切な表現がございました。多くの方に不快な思いをさせてしまいましたことを、心より深くお詫び申し上げます」と謝罪文を掲載し、再発防止を約束しました。
- 2019年3月5日: 情報番組「スッキリ」(日本テレビ系)がこの話題を取り上げ、東京大学名誉教授のロバート・キャンベル氏らが、言葉の持つ誘導性や企業の社会的責任について言及し、議論が深まりました。
本日、弊社ツイッター広告にて、女性の運転技量が男性よりも劣るかのような不適切な表現がございました。多くの方に不快な思いをさせてしまいましたことを、心より深くお詫び申し上げます。当該広告についてはすでに削除致しました。今後このようなことが起きぬよう、再発防止に努めてまいります。
— トヨタ自動車株式会社 (@TOYOTA_PR) March 1, 2019
リスク兆候:炎上前後の兆候をどう検知できたか
今回の炎上は、広報担当者が以下の点に留意していれば、ある程度未然に防ぐことができた、あるいは初期段階で察知し対応を早めることができた可能性があります。
「やっぱり」という言葉の選定
「やっぱり」という言葉は「案の定」「予測したとおり」といった意味合いを持ち、女性は運転が苦手であるという「決めつけ」や「偏見」を前提とした問いかけと受け取られかねません。この誘導尋問的なニュアンスは、多くの人が不快に感じるポイントでした。広報物の審査段階で、このような「トゲ」や「ひっかかり」を持つ言葉に敏感になるべきでした。
ターゲット層の多様性への配慮
投稿が「女性ドライバーの皆様へ」と限定され、性別による運転技量の区別をしたこと自体が問題視されました。特に車が生活に不可欠な地方に住む女性や、無事故無違反で運転に自信のある女性にとっては、「やっぱり運転下手って思われてるのかと思うと悲しい」という個人的な不快感につながりました。
内容作成者の「感覚の麻痺」
コンテンツ作成者が「中の人」として仕事に深く関わるうちに、「普通の人」の感覚を忘れがちになる心理状態があることが指摘されています。このような「大事な部分が欠落」した表現を避けるためには、社内外の多様な視点からのレビュープロセスが不可欠であったと言えるでしょう。
SNSモニタリング体制
投稿直後から批判的なコメントが殺到したことは、リアルタイムでのSNSモニタリングがいかに重要であるかを示しています。迅速な検知は、早期の謝罪と投稿削除に繋がり、炎上の拡大を食い止める上で一定の効果があったと考えられます。
炎上原因:ユーザーの怒りのポイント
今回の炎上は、主に以下の点がユーザーの怒りを買ったと考えられます。
「やっぱり」という言葉による決めつけと偏見
最も批判されたのは、「やっぱり」という言葉です。これは「女性は運転が苦手」という世間一般に存在する可能性のある偏見を、企業が助長したと受け取られました。
性別による運転技量の区別
「女性」に限定して運転技術について問いかけたこと自体が、「運転技量の差を男女で区別する」ことに対する嫌悪感を生みました。多くの人が「普通の運転で男女差ってあるのでしょうか」と疑問を投げかけました。
アンケートの選択肢の偏り
「とても苦手」「すこし苦手」という「苦手」に偏った2つの選択肢と、「得意です!」という1つの「得意」な選択肢の構成も批判の対象となりました。これは質問が既に「女性は苦手だろう」という結論ありきで作られているという印象を与えました。
根拠の提示不足
トヨタが「女性は(男性と比べて)運転が苦手だと思う根拠」を一切提示しなかったことも批判を増幅させました。データは存在するものの、それを提示せずに高圧的な物言いをしたことが問題とされました。
大手企業の影響力
トヨタのような「世界一のメーカー」という大企業が、このような誘導的な質問を投げかけたことの重さが指摘されました。個人間の会話と異なり、企業の発言は不特定多数に影響を与えるため、その文脈と訴求力が問われました。
企業の対応:実施内容と反応
トヨタの対応は、迅速な「投稿削除」と「謝罪」でした。
実施内容
批判が殺到した同日中に、問題のツイートを削除し、「女性の運転技量が男性よりも劣るかのような不適切な表現」があったことを認め、「多くの方に不快な思いをさせてしまいましたことを、心より深くお詫び申し上げます」と表明しました。再発防止への努力も約束しています。
反応
迅速な対応は、炎上のさらなる拡大を食い止める上で一定の効果はあったと考えられます。しかし、この騒動はテレビの情報番組でも取り上げられ、謝罪後も社会的な議論の対象となりました。一部の意見では「一部少数派がうるさく言って、大多数の人は何も思っていない。取り下げはおかしい」といった声も上がりましたが、ロバート・キャンベル氏のように「世界メーカーが誘導したのが問題」と企業の責任を問う声も強く、議論は単純なものではありませんでした。
SNSの反応:感情のトーンや拡散ルート
SNS上での反応は、怒り、不快感、失望といったネガティブな感情が主なトーンでした。
感情のトーン
- 怒りと不快感: 「やっぱりって何? 女性軽視?」「多くの女性がカチンときてます」「不快です」といった直接的な批判が多く寄せられました。
- 失望: 普段からトヨタ車を愛用しているユーザーからは「そういう発言をする会社だなんて、残念」といった失望の声も聞かれました。
- 諦めと疲弊: 「こういうのって、あきらめてはいるけれど、滅入るなぁ~」といった、日本のジェンダー平等ランキングの低さ(G7最下位)と絡めて、社会の現状に対する疲弊感を示す意見もありました。
拡散ルート
Twitter上での批判が瞬く間に拡散し、その後、朝日新聞、BuzzFeed News、ねとらぼ、日本経済新聞といった主要メディアが報じました。さらに、日本テレビの「スッキリ」などの情報番組が取り上げたことで、テレビを通じた幅広い層への認知と議論の広がりを見せました。SNSが情報発信の起点となり、マスメディアがそれを追いかけることで、炎上が社会問題として認知される典型的なルートを辿ったと言えます。
教訓:他社が学ぶべきポイント+未然防止策
今回のトヨタの事例は、あらゆる企業が広報活動において注意すべき重要な教訓を含んでいます。
1. 言葉選びの究極的慎重さ
- 「無意識の偏見」の排除: 「やっぱり」のような言葉は、発信する側に無意識の偏見があったとしても、受け取る側には「決めつけ」や「差別」と捉えられます。特にジェンダー、人種、年齢、障害など、デリケートなテーマに関しては、言葉のニュアンスに最大限の注意を払うべきです。
- 多角的視点でのレビュー: 広告やSNS投稿の文案は、制作担当者だけでなく、多様な背景を持つ複数人によるレビュー体制を構築することが不可欠です。社外の専門家や、想定するターゲット層に近い人物からのフィードバックを得ることも有効です。
2. コンテクスト(文脈)の明確化と責任の自覚
- 「誰が、誰に、何を、どのような意図で」伝えるか: ロバート・キャンベル氏が指摘したように、企業の公式アカウントからの発信は、個人的な会話とは異なり、不特定多数への広報としての責任を伴います。アンケートの目的があったとしても、その意図が「やっぱり」という言葉で誘導や決めつけに変わってしまっては本末転倒です。
- データ活用時の注意: データが特定の傾向を示していたとしても、それをそのままステレオタイプに結びつけるような表現は避けるべきです。データを示す場合は、根拠を明確にし、結論を強要しない問いかけ方に変える必要があります。
3. ポジティブなコミュニケーションへの転換
- 課題提起ではなく価値提供: もし女性ドライバーの運転への苦手意識を解消したいのであれば、「苦手ですか?」と問うのではなく、「もっと運転を楽しんでいただくために、どのようなサポートが必要ですか?」など、よりポジティブな視点や、具体的な解決策の提案に繋がる問いかけを検討すべきです。
- エンパワーメントの視点: ターゲット層の能力を疑問視するのではなく、可能性を広げるようなメッセージングを心がけることが、共感を呼ぶコミュニケーションの鍵となります。
まとめ:行動につなげる振り返り
今回のトヨタの炎上騒動は、企業のコミュニケーションにおいて、言葉が持つ影響力と社会的な文脈への深い理解がいかに重要かを改めて示しました。特に広報リスク担当者の方々にとっては、以下の点を日々の業務に落とし込むことが肝要です。
徹底した言語感覚の研磨
特にSNSのような瞬時に情報が拡散するプラットフォームでは、わずかな言葉のニュアンスが大きな波紋を呼びます。使用する言葉が、想定外の受け止められ方をしないか、常に疑念を持ち、精査する習慣をつけましょう。「やっぱり」のような、読み手の「既成概念」や「偏見」を刺激する言葉は、特に避けるべきです。
多様性インクルージョンの徹底
広報コンテンツの企画・制作・承認プロセスに、ジェンダー、年齢、地域、文化など多様な背景を持つ人材を巻き込みましょう。これにより、特定の層にしか通じない、あるいは特定の層を傷つける表現を未然に防ぐことができます。「中の人」の感覚と「普通の人」の感覚の乖離を埋める努力が不可欠です。
リスクヘッジとしてのポジティブ・リフレーミング
企業メッセージは、特定の層の「欠点」や「苦手意識」を指摘するのではなく、全てのユーザーに対する「新たな価値」や「可能性」を提示する形で構成しましょう。もし特定のユーザー層(例えば女性ドライバー)の課題解決を目指すのであれば、その目的を明確にし、課題を「解決すべき機会」としてポジティブに表現することで、共感と支持を得られる広報活動へと繋がります。
この事例から得られる教訓は、企業が「言葉」を通じて、社会とどのように向き合うべきか、その姿勢を問うものと言えるでしょう。