イケアのソファCM炎上から学ぶ、ジェンダー視点と広告制作の教訓

関根健介 | 2022/01/11

イケアのソファCM炎上から学ぶ、ジェンダー視点と広告制作の教訓

2021年12月、イケア・ジャパンが投稿したトレイテーブルのCMが、「女性の家庭内役割の固定化」や「ジェンダーバイアス」を助長しているとして大きな炎上を招きました。このケースは、単に製品を宣伝するだけでなく、社会背景やターゲットの感情を深く理解することの重要性、そしてジェンダー表現に対する現代社会の感度の高まりを明確に示しています。本記事では、この炎上事例を詳細に分析し、同様のリスクを未然に防ぐための具体的な教訓と対策を考察します。

 

概要:事実の時系列整理

イケア・ジャパンは、トレイテーブル「GLADOM/グラドム」のCM動画を2021年12月7日に公式Twitterに投稿しました。このCMは、「料理やドリンクをこぼさずに、家の中の好きな場所へ自由に持ち運べる」利便性を訴求するものでした。

しかし、12月25日頃からTwitter上で「女性を召使い扱いしている」「ジェンダーバイアスがやばい」といった批判の声が上がり始めました。この批判を受け、12月27日にはJ-CASTニュース、キャリコネニュース、ニコニコニュースなどが報道。イケア・ジャパンは同日、「社内協議中のため、回答は控えたい」とコメントしました。CMの放映は12月末に終了しました。

その後、2022年1月7日にはハフポスト日本版がこの騒動について報じ、東京大学大学院総合文化研究科の瀬地山角教授(ジェンダー論)が「典型的な炎上の要素が複数ある」と指摘。イケア・ジャパンの広報担当者は、CMの意図を説明しつつも、批判に対する具体的な見解は避けました。

リスク兆候:炎上前後の兆候をどう検知できたか

このケースにおける「リスク兆候」は、CMのクリエイティブ自体に内在していました。炎上後に指摘された原因は、広告制作段階でジェンダー視点からのチェックが不十分だったことを示唆しています。

  • 社会背景とガイドラインへの理解不足: 英国など一部の国では、広告における性別役割分担の固定的な表現を明確に禁止するガイドラインが存在します。一方、日本では明文化された禁止規定はありませんが、近年はジェンダー平等への社会的関心が高まっており、性別による役割の固定化を助長する表現は、視聴者から否定的に受け取られるリスクがあります。本CMも、家庭内における性別役割を固定的に描いた点で批判の対象となりました。
  • ターゲットの感情傾向への配慮不足: 家庭内で家族の世話を期待されることにうんざりしている女性にとっては、この広告は不快感を与えるものでした。また、自身の行動を客観的に見る機会となり、嫌悪感を感じた女性もいたと指摘されています。このような感情的な反応を予測し、共感を得られるストーリーであるかどうかの検証が重要でした。
  • 競合・海外事例との比較検討の欠如: 同様の商品をプロモーションするイケア・オーストラリアのCMでは男性がお盆を運ぶ描写がされており、この対比が日本のCMへの批判を加速させました。多国籍企業であるイケアが、地域によってジェンダー表現に大きな差を設けたことが、ユーザーからの疑問を招きました。

炎上を未然に防ぐためには、社会背景やターゲットの感情、そして他社の表現事例を総合的に理解した上で、広告内容を多角的に評価するプロセスが不可欠であると言えるでしょう。

 

炎上原因:ユーザーの怒りのポイント

イケアのCMが炎上した主な原因は、女性の家庭内におけるステレオタイプな役割を強調し、男女間の不平等を想起させたことにありました。

  • 女性の家庭内役割の固定化: 妻/母と思われる女性がトレイテーブルを運び、家族がコップを取るのを確認した後もソファに座らず、家族の視線を妨げないようにテレビ視聴に「参戦」する姿が描かれました。これは、家庭内で女性だけが家事をする「あるある」を想起させ、毎日家族の世話を期待されていることにうんざりしている女性に不快感を与えました。
  • 男女の対照的な描写: 冒頭では男性が水をこぼしたように見え、その後、夫/父と思われる男性がソファでくつろぐ一方、女性は甲斐甲斐しく給仕する姿が描かれました。この対比が「家庭内で男性がくつろぎ&散らかし、女性が準備&片付ける」というジェンダーロールの典型を示し、「女性は召使い」「女性は奴隷」といった批判に繋がりました。
  • 情緒訴求とストーリーの不一致: CMは「この家が好き」「いい毎日」といった情緒訴求を目指していましたが、ストーリーが製品の「楽になる」というメリットを明確に伝えられず、「ただ女性が食事を運んでいるだけ」に見えてしまいました。結果として、視聴者は情緒的な共感を得られず、不快感を覚える要因となりました。
  • 製品の魅力の伝わりにくさ: 製品の主要な特徴である「天板が取り外せる」メリットがシーン構成上で分かりにくかった上、課題設定(「床に食べ物を置くとこぼす」)が、ソファのあるリビングで床に食事を置く習慣が少ない日本人には共感されにくいものでした。

企業の対応:実施内容と反応

イケア・ジャパンは、批判の声に対し、当初は「社内協議中」として具体的な回答を控えました。その後、ハフポスト日本版の取材に対して、CMは「トレイ部分の持ち運びができるテーブルの利便性・機能性を、家族が団欒を楽しむワンシーンのビフォア&アフターをお見せすることでお伝えしようという意図で制作いたしました」と説明しました。

また、イケアは「平等こそが人権の中心であると考えており、誰もが平等に暮らせるように、家庭、ビジネス、社会などあらゆるコミュニティにおけるインクルーシブな環境づくりに力を注いでいます。イケアは、誰もが自分らしく暮らせる社会のために引き続き努めてまいります」と述べました。しかし、この回答はCMへの直接的な批判(男女不平等や性別役割分業の古い価値観)に対する明言を避けるものとして受け止められました。結果的に、CMは放映終了となりましたが、ユーザーの怒りを完全に鎮めるには至らなかったと言えるでしょう。

SNSの反応:感情のトーンや拡散ルート

CMが投稿されたTwitter上では、様々な意見が寄せられましたが、批判的な声が目立ちました。

  • 感情のトーン:
    主に「不快感」「嫌悪感」「怒り」といったネガティブな感情が強く示されました。

    • 「女性を召使い扱いするCMをすぐにやめて貰えませんか?不愉快です」
    • 「女性を奴隷のように扱っている」「ジェンダーバイアスがやばい」
    • 「女性は召使いじゃない」「ジェンダーギャップを感じる」
    • 「毎日家事をする女性の立場として、他の家族みんながくつろいでいるのに、自分だけが家事をしなければならない時のやりきれなさを思い出して、『いらっと』してしまった」
  • 拡散ルート:
    CM動画が投稿されたイケア・ジャパンの公式Twitterが主な発端となり、そこでのユーザー間の議論がニュースメディアに取り上げられることで、さらに広く拡散されました。
  • 比較対象としての海外CM:
    イケア・オーストラリアが同じ商品をPRするCMで男性がお盆を運んでいたことが、日本版CMへの批判を強める比較材料として頻繁に引用されました。これにより、日本のジェンダー状況を嘆く声も上がりました。
  • 擁護・反論の意見:
    一方で、「家庭内の1シーンに過ぎない」「その家々の役割分担の差でしかなく、性の差ではない」「ジェンダーと結びつけすぎ」といった擁護の声も一定数見られました。視聴者の「心の在り方次第で見え方が変わる」という意見もありました。

教訓:他社が学ぶべきポイント+未然防止策

このイケアの炎上事例から、広告を制作・発信する企業が学ぶべき重要な教訓と、炎上を未然に防ぐための具体的な対策は以下の通りです。

  • ジェンダー規範への高い感度を持つこと:
    • 性別役割分担の表現の排除:
      家庭内の描写において、特定の性別に家事や特定の役割を偏らせる表現を避け、
      性別での役割分担を消去することで不快感を拭うことができます。日本の広告ガイドラインでも禁止されている表現です。
    • 多様なライフスタイルの表現:
      夫婦で家事を分担する描写(例:妻がトレイを運び、夫がトレイを洗う)など、
      多様な家族のあり方や協力的な関係性を描くことが重要です。
  • ターゲットのインサイトを深く掘り下げる:
    • 共感と課題解決の視点:
      ターゲットが抱える不満や「あるある」を表現する際は、それが「共感」に繋がるか、
      それとも「不快感」に繋がるかを慎重に見極める必要があります。特に、女性の抱えるケアへの不満を製品が解消するという視点で訴求するならば、
      「楽になる」「時間に余裕ができる」といった変化が明確に伝わる描写にすることで、情緒訴求も成功しやすくなります。
    • 視聴者の視点での確認:
      「床に食べ物を置く」といった、すべての視聴者に共通するとは限らない「課題」設定は避けるべきです。広告のクリエイティブは、
      「誰が見ても不快感がないか」「ターゲットの感情に寄り添えているか」という視点での検証が不可欠です。
  • 広告パフォーマンスとメッセージの整合性:
    • 製品の魅力の明確な伝達:
      機能的な製品の広告では、その機能がどのように課題を解決し、利用者の生活を豊かにするかを分かりやすく伝えることに重点を置くべきです。
      情緒訴求を目指す場合でも、製品がきっかけで喚起される気持ちが、ストーリーと直接的に繋がっている必要があります。
  • 制作・承認プロセスの多角化:
    • 多様な視点の導入:
      クリエイティブ制作チームや承認プロセスに、ジェンダー論や社会文化に詳しい専門家
      および多様なバックグラウンドを持つメンバーを参加させ、客観的かつ多角的な視点からチェックを行うことが有効です。
    • 海外事例との比較検討:
      グローバル展開している企業は、
      各国の文化やジェンダーに関する表現の基準を比較し、
      共通のブランドメッセージを維持しつつも、地域ごとの繊細な調整が必要であることを認識すべきです。

まとめ:行動につなげる振り返り

イケアのソファCM炎上騒動は、企業が広告を通じて発信するメッセージが、いかに社会の価値観や意識と密接に結びついているかを浮き彫りにしました。製品の機能性やメリットを伝えるだけでなく、「誰をどのように描くか」がブランドイメージや社会からの評価に直結する時代において、広報担当者は以下の点を常に意識し、行動につなげていく必要があります。

  • 社会背景とターゲットの傾向、感情を常に理解し続けること。
  • 広告内容が、ジェンダー平等や多様性といった現代の社会倫理に反していないかを、リリース前に徹底的にチェックする体制を構築すること。
  • 炎上を単なる失敗と捉えるのではなく、「見えていなかったインサイト」として学びの機会に変えること。

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AUTHOR PROFILE

  • 著者:関根健介
ループス・コミュニケーションズ所属。某コンサルティング会社にてWebマーケティングやバイラルマーケティングを経験した後、数年放浪し2011年12月からループスへジョイン。ソーシャルメディアの健全な普及をねがい日々精進しています。関心のあるテーマはO2O・地域活性×ソーシャル・医療×ソーシャル・ソーシャルコマース ま〜ソーシャル全般です。 【座右の銘】 意思あるところに道あり 【Facebook】www.facebook.com/kensuke.sekine.7 【Twitter】 @kensuke_sekine
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