【役員失言から学ぶ】吉野家騒動にみる、現代企業に必要なコンプライアンスと広報戦略

関根健介 | 2022/05/02

【役員失言から学ぶ】吉野家騒動にみる、現代企業に必要なコンプライアンスと広報戦略

2022年4月、吉野家の常務取締役企画本部長が早稲田大学の社会人向けマーケティング講座で発した「生娘をシャブ漬け戦略」という表現は、メディアを挙げての大炎上騒動となりました。
この発言は、受講生のSNS投稿をきっかけに即座に拡散され、性差別的、人権侵害であるとの猛烈な批判が相次ぎました。

この一件は、単なる個人の失言にとどまらず、企業のコンプライアンス体制や経営層の「昭和的価値観」が現代社会においていかに通用しないかを浮き彫りにしました。
本記事では、この事例から、現代の炎上パターンを理解し、いかにして同様のリスクを未然に防ぎ、企業の信頼を守るかを学びます。

 

概要:事実の時系列整理

吉野家の役員による不適切発言から、企業が対応を迫られるまでの主要な時系列は以下の通りです。

2022年4月16日(土曜日)

  • 吉野家の常務取締役企画本部長I氏が、早稲田大学で開催された社会人向けマーケティング講座に講師として登壇。この講座は、吉野家のマーケティング戦略を主要テーマとする重要なものでした。
  • I氏は、吉野家の若年女性向けマーケティング施策について生娘をシャブ漬け戦略と表現しました。その際、「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子を無垢・生娘な内に牛丼中毒にする。男に高い飯を奢って貰えるようになれば、(牛丼は)絶対に食べない」とも説明しました。
  • さらに、男性客に対しても「家に居場所のない人が何度も来店する」という趣旨の発言もしたとされています。
  • 発言中、聴講者の中には笑っている人もおり、同席していた他の講師や運営スタッフも特に問題視しなかったと報じられています。
  • この発言に不快感を覚えた受講生が、同日中にSNSに内容を投稿。これが炎上の引き金となりました。
  • 受講生からの報告を受け、講座の最後に早稲田大学教授から謝罪があり、I氏本人からも直筆の謝罪文が受講生個人宛に送られました。

2022年4月18日(月曜日)

  • 吉野家は、公式サイトで「当社役員の不適切発言についてのお詫び」を掲載し、深く謝罪しました。
  • 吉野家ホールディングス(HD)は臨時取締役会を開催し、I氏を常務取締役企画本部長職およびHDの執行役員から解任することを決定しました。

2022年4月19日(火曜日)

  • 吉野家はI氏の解任を正式に発表しました。
  • 吉野家が予定していた新商品および新CM発表会も中止となりました。
  • I氏は、社外アドバイザーを務めていたコンサルティング大手・アクセンチュアや、パートナーシップ契約を結んでいたM-Forceからも契約を解消されました。
  • 早稲田大学もI氏を講師から除名すると発表し、「教育機関として到底容認できるものではない」とコメントしました。

その後の対応

  • 吉野家は、社長の役員報酬を4月から3ヶ月間、30%減額すると発表しました。
  • 同社は、コンプライアンス遵守の徹底に取り組むべく、コンプライアンス教育の見直しを図り、すべてのステークホルダーに対し高い倫理観に基づく行動を約束するとコメントしました。

 

リスク兆候:炎上前後の兆候をどう検知できたか

この大炎上は、突発的な事故のように見えますが、その背景にはいくつかのリスク兆候が存在していた可能性が指摘されています。

「ヒヤリ・ハット」段階での見過ごし

生娘をシャブ漬け戦略」発言がなされた際、聴講者には笑っている人もおり、他の講師や運営スタッフも特段問題視しなかったとされています。これは、労働災害における「ハインリッヒの法則」でいう「ヒヤリ・ハット」(事故には至らなかったもののヒヤリとした、ハッとした事例)に相当し、問題の芽が早期に摘み取られなかったことを示唆します。

組織内での許容

I氏が何の躊躇もなく問題発言をしたということは、これまでも組織内で数多く同様の発言をしてきており、都度周囲の人たちは笑ったり受け入れたりし、少なくとも指摘されることはなかった可能性が高いと推測されています。

幹部の失言癖の認識不足

危機管理/広報コンサルタントの石川慶子氏は、幹部の失言癖はメディアトレーニングで判明することが多く、大抵の場合、周囲もそれを知っていて「やはりそうですか。私達も何となく気づいてはいたのですが」といった反応が返ると指摘しています。つまり、周囲はリスクを感じていた可能性がありながらも、社内でI氏の言葉遣いを注意する人がいなかった可能性が示唆されます。

過去の炎上経験

吉野家は、本件の約1ヶ月前にも吉野家公式アプリのキャンペーンで顧客対応について批判を受けていたばかりでした。
この過去の炎上経験が、本件への対応やリスク管理体制に十分活かされていなかった可能性も考えられます。

 

炎上原因:ユーザーの怒りのポイント

吉野家役員の発言が、なぜこれほどまでに大きな怒りと批判を招いたのか、その原因は以下の複数のポイントに集約されます。

極めて不適切かつ人権侵害的な表現

  • 「生娘」という処女を意味する言葉と、違法薬物の乱用を示す隠語である「シャブ漬け」という表現を組み合わせたことが、致命的でした。これは「失言レベルではない、犯罪を連想させる点」として強く非難されました。
  • 「田舎から出てきた右も左も分からない若い女の子」という表現は、地方に対する差別的な見方を含んでいると受け取られました。

性差別・ジェンダーバイアス

  • 「若い女性は男性に奢ってもらうもの」という構図や、「男性から高い食事をおごってもらえるようになれば牛丼は食べない」という発言は、女性を性的に消費し、性の役割を固定化する、または見た目や年齢で差別すると受け取られました。
  • 吉野家が「ダイバーシティ&インクルージョン」を掲げ、「女性活躍推進」に力を入れているにもかかわらず、その取締役が真逆の発言をしたことは、企業の掲げる理念と実態の乖離として特に強く批判されました。

顧客への敬意の欠如、自社商品への愛着のなさ

  • 「家に居場所のない人が何度も来店する」という男性客に対する表現や、「高い飯を奢って貰えるようになれば、絶対に食べない」という女性客に対する表現は、顧客に対する敬意が全く感じられないと指摘されました。
  • 自社商品に対する愛着も感じられない発言として、ファンの多い企業である吉野家の顧客からの反発を招きました。

公的な教育の場での発言

早稲田大学の社会人向けマーケティング講座という公的な教育機関で、しかも吉野家のマーケティング戦略がケースとして取り上げられる重要な講座の初日に、このような不適切な発言がなされたことも炎上を加速させました。

「昭和的価値観」の露呈

I氏を含む40代後半~50代のシニア層が形成された昭和末期~平成初期の社会情勢との現代のギャップが問題の根源であると指摘されています。当時はハラスメント的な発言が日常茶飯事であり、クローズドな環境での発言は外部に漏れないという認識、男性が女性に食事を奢ることが前提の思考、消費者を依存させることで企業が儲かるという思想などが、現代では許容されない「古い価値観」として露呈した形です。

企業の対応:実施内容と反応

吉野家は、炎上を受けて迅速な対応を行いましたが、その反応は複雑でした。

実施内容

  • 発言の翌週、I氏は吉野家の常務取締役企画本部長職と親会社である吉野家ホールディングス(HD)の執行役員を解任されました。
  • 吉野家は公式サイトで「不適切な発言をしたことで、講座受講者と主催者の皆様、吉野家をご愛用いただいているお客様に対して多大なるご迷惑とご不快な思いをさせたことに対し、深くお詫び申し上げます」とする謝罪文を掲載しました。
  • 翌日に実施予定だった新商品および新CM発表会も中止されました。
  • I氏は、社外アドバイザーを務めていたコンサルティング大手・アクセンチュアや、パートナーシップ契約を結んでいたコンサルティング会社・M-Forceからも契約を解消されました。
  • 早稲田大学もI氏を講師から除名し、「教育機関として到底容認できるものではない」と発表しました。
  • 吉野家ホールディングスの河村泰貴代表取締役社長は、役員報酬を4月から3カ月間、30%減額することを発表しました。
  • 吉野家は今後、一層のコンプライアンス遵守の徹底に取り組むべく、コンプライアンス教育の見直しを図り、すべてのステークホルダーに対し、高い倫理観に基づく行動を約束するとしました。

 

反応

  • 危機発生時の緊急対応としては、迅速な解任発表は評価できるという見方もありました。
  • しかし、謝罪文や役員解任をサイトで発表した後も、ソーシャルメディア上の批判は収まりませんでした
  • この発言は、役員個人の問題ではなく、吉野家という企業そのものの姿勢と受け止められ、「吉野家に就職しても女性は活躍できないのでは」「就活で受けるのはやめておこうかな」といった声が広がるなど、企業イメージに大きな打撃を与えました。
  • 店舗にまで「シャブを売っているのか」といったクレーム電話がかかる事態となり、現場のスタッフがかわいそうな状況に陥りました。
  • 吉野家が「女性活躍」を推進していることを十分に説明し、炎上の状況を変える好機を逃した可能性も指摘されています。

SNSの反応:感情のトーンや拡散ルート

この騒動は、受講生のSNS投稿から瞬く間に拡散しました。

拡散の起点と速度

発言内容が不快に感じた受講生のSNS投稿が、騒動の直接的な発端となりました。投稿された内容は即座に拡散し、「性差別的、人権侵害である」という猛烈な批判がソーシャルメディア上で相次ぎました。

「耳に強く残るフレーズ」

「生娘」という言い回しに加え、違法薬物の乱用を示す「シャブ漬け」という表現が相まって、非常に強いインパクトを持ち、事態の収束をより困難なものにしました。

感情のトーン

批判の感情は非常に強く、発言を「酷い性差別」「覚醒剤で苦しんでいる人もいるのに冗談にして笑って話して良いことではない」「顧客を中傷する発言」「下の世代には絶対に聞かせたくない」などと捉えられ、強い怒りが表明されました。

擁護意見と筆者の見解

マーケティング業界で著名なI氏を知る関係者からは、「サービス精神のある人物だから、ウケを狙っただけ」「たった一言でそんなに批判されるとは息苦しい」「そもそもマーケティング用語として一般的な概念だ」といった擁護する意見も見られました。しかし、筆者はこの騒動を、そのような取り繕った見方では済まされない、大きな課題が顕在化したものだと認識しています。

SNSの役割

従前、ハラスメントにまつわる問題はなかなか世に出ることはありませんでしたが、昨今はコンプライアンス意識の高まりとSNSの発達により、このような形で問題が顕在化する機会が増えたことは、喜ばしい側面もあると指摘されています。

教訓:他社が学ぶべきポイント+未然防止策

今回の吉野家の炎上騒動から、他社が学ぶべき教訓と、炎上を未然に防止するための具体的な策は多岐にわたります。

「古い価値観」のアップデートと自覚

  • 特に指導的立場にいる40代後半~50代のシニア層は、自身が青少年期を過ごし価値観が形成された昭和末期~平成初期の経済・社会情勢と、令和の現代社会が大きく変化していることを自覚する必要があります。
  • 「ハラスメント的な発言が日常茶飯事」「クローズドな環境での発言は外部に漏れない」「男性が女性に食事を奢ることが前提の思考」「消費者に依存させて儲ける思想」といった「昭和的価値観」が、無自覚のまま染みついていると、現代社会では重大なリスクとなりえます。
  • 現役であり続けるためには、思考やコンプライアンス感覚を時代に合わせて柔軟に変革させ続けるしかありません。

ダイバーシティ&インクルージョンの真の実現

企業が「ダイバーシティ&インクルージョンを実現し多様な『ひと』が活躍できる職場づくり」を掲げているのであれば、その理念と役員の発言が乖離していてはならないという厳しさを認識する必要があります。顧客だけでなく、将来の従業員に対しても企業姿勢が問われることになります。

顧客への敬意と自社商品への愛着の徹底

企業の取締役が、顧客や自社商品に対して敬意や愛着が感じられないような表現を用いることは、ブランドイメージを著しく損ない、熱心なファンからの信頼も失いかねません。

「ハインリッヒの法則」に基づくリスク管理

  • 問題発言時に笑いが起き、誰も指摘しなかったという「ヒヤリ・ハット」段階での見過ごしが、結果的に大炎上という「重大災害」につながったと捉えるべきです。
  • 小さな問題の兆候(ヒヤリ・ハット)を看過せず、早期に検知し対処する仕組みを構築することが不可欠です。

社内コンプライアンス体制の見直しと企業風土の改善

  • 傲慢な発言が許容され、日常的にまかり通っていた会社のコンプライアンス体制に根本的な問題があったと猛省を促されています。
  • 内部できちんと問題点を指摘できる企業風土を醸成することが極めて重要です。社員が役員の言動について懸念を感じた際に、それを適切に報告し、改善を促せる環境が必要です。

メディアトレーニングの義務化

  • 経営幹部の発言は企業全体に大きな影響を与えるため、役員に就任した人、あるいは取材を受ける人、社外で発言機会がある人に対して、メディアトレーニングを受けることをルール化するべきです。
  • メディアトレーニングでは、失言癖を早期に発見し、本人が自覚することで言葉を言い換える技術を身につけ、軌道修正を図ることが可能です。失言癖が直るまでは、公の場での発言を制限するなどの対策も検討すべきです。

SNS時代の情報拡散リスクの理解

「クローズドな環境での発言は外部に漏れることがない」という認識は既に時代遅れです。SNSの発達により、どんな発言も瞬時に拡散され、大きなレピュテーションリスクになり得ることを常に意識する必要があります。

まとめ:行動につなげる振り返り

吉野家の「生娘をシャブ漬け戦略」発言による炎上騒動は、企業が直面する現代の複雑なリスクを浮き彫りにしました。この一件から得られる最も重要な教訓は、企業のコンプライアンス体制、特に経営層の価値観が現代社会の倫理観や多様性への意識と乖離していることが、極めて重大なリスクとなるということです。

炎上を回避し、企業の信頼を守るためには、以下の行動につなげる振り返りが不可欠です。

  • 価値観の再確認とアップデート:経営層を含む全社員が、ダイバーシティ&インクルージョンや人権尊重といった現代の普遍的価値観を深く理解し、自身の言動に反映させるための継続的な教育と意識改革が必要です。
  • 風通しの良い企業風土の醸成:社員が、上層部の不適切な言動であっても臆することなく指摘できる「諫言できる環境」を整備すること。匿名での報告制度や、外部の専門家が関与する相談窓口の設置なども有効です。
  • 危機管理・メディアトレーニングの徹底:役員や公の場で発言する機会のある社員に対して、表現方法やリスク意識に関する専門的なトレーニングを義務化すること。これにより、失言癖の是正や、予期せぬ炎上リスクへの対応力を高めることができます。
  • 「ヒヤリ・ハット」の共有と対処:日常業務の中で発生する小さな「おかしい」と感じる言動や事象を「ヒヤリ・ハット」として捉え、組織全体で共有し、早期に対処する文化を築くこと。
  • SNS時代の情報拡散力の理解:どのような場での発言であっても、瞬時に拡散され、公に晒される可能性があることを常に意識し、発言の公共性を認識する訓練を積むこと。

今回の吉野家の事例は、企業が社会からの信頼を失うのは一瞬であり、その回復には多大な時間と労力がかかることを示しています。炎上リスク担当者としては、単に表面的な対応策を講じるだけでなく、企業の根底にある価値観や文化にまで踏み込み、真に倫理的で、社会の変化に対応できる企業体質を築くことが、最も効果的な「炎上回避マニュアル」となるでしょう。

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AUTHOR PROFILE

  • 著者:関根健介
ループス・コミュニケーションズ所属。某コンサルティング会社にてWebマーケティングやバイラルマーケティングを経験した後、数年放浪し2011年12月からループスへジョイン。ソーシャルメディアの健全な普及をねがい日々精進しています。関心のあるテーマはO2O・地域活性×ソーシャル・医療×ソーシャル・ソーシャルコマース ま〜ソーシャル全般です。 【座右の銘】 意思あるところに道あり 【Facebook】www.facebook.com/kensuke.sekine.7 【Twitter】 @kensuke_sekine
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