2024年7月、しまむらグループのベビー・子供用品専門店『バースデイ』が発売したコラボ商品が、「男性差別」だとしてインターネット上で大炎上し、急遽販売中止に追い込まれる事態となりました。この一件は、単なる商品デザインの問題に留まらず、現代社会におけるジェンダー意識の変化、SNS文化の多様性、そして企業が広報・プロモーション活動を行う上でいかに多角的な視点を持つべきかという、重要な教訓を私たちに示しています。本記事では、この事例を深掘りし、今後の広報戦略に活かせる学びを考察します。
概要:事実の時系列整理
しまむらグループの『バースデイ』は、現代美術作家の加賀美健氏(50歳)とコラボレーションした新商品「いつものフレーズシリーズ」と「小さな子供の言い間違えシリーズ」を、2024年7月28日に発表し、翌29日から販売を開始しました。このコラボレーションは今回が初めてではありませんでした。
問題となったのは、ベビー・子供向けのTシャツや靴下などに印刷されたフレーズです。具体的には、「パパはいつも寝てる」、「ママがいい」、「パパはいつも帰り遅い」、「パパは全然面倒みてくれない」といった、父親を「disる(下げる)」ような表現が含まれていました。
これに対し、X(旧Twitter)上で「男性差別だ」との批判が殺到し、炎上状態となりました。事態を重く見た『バースデイ』は、7月30日に公式Xアカウントでお詫び文を発表し、「ご不快な思いをさせてしまう表現がありましたこと、深くお詫び申し上げます」と謝罪。さらに、「皆様から頂いたご意見を検討した結果、商品の販売を中止させて頂くことと致しました」と、コラボ商品の販売中止を発表しました。
リスク兆候:炎上前後の兆候をどう検知できたか
今回の炎上は、発売前から予見できた可能性が高いと指摘されています。
企画段階でのリスク見落とし
問題となったフレーズは、ユーモアを狙ったものとされていますが、筆者からは「完全にアウト」と断言されるほど、批判が起きることは十分想定できた内容でした。なぜ、アパレル業界屈指の大企業であるしまむらグループで、このような企画が問題ないと判断されたのかは疑問が残ります。
SNSプラットフォーム間の温度差
『バースデイ』の公式Instagramでは、今回のコラボ商品が「ユーモアあふれるデザイン」「かわいらしいフレーズ」と紹介され、好意的な反応が目立っていた一方で、Xでは告知された時点から「パパへのディスがひどすぎる」「男性の育児参加が当たり前の時代に逆行している」といった批判が相次いでいました。これは、SNSプラットフォームごとにコミュニティの「文化の違い」やユーザー層の温度感が異なることを示しており、特定のSNSの反応に偏重した感覚が、世間とのギャップを生んだ可能性が指摘されています。
大手衣料品チェーン「しまむら」グループの子ども用品店「バースデイ」の新商品に批判が噴出し、取り扱い中止となった騒動。根本にあるのは、今回のような「男性を下げる表現」が過去に炎上したり、取り下げになったりしたケースが少ないことが挙げられます。https://t.co/ZFdWEiD5zQ
— 東洋経済オンライン (@Toyokeizai) August 1, 2024
炎上原因:ユーザーの怒りのポイント
今回の炎上の根幹には、「男女の役割分担」に対する社会の厳しい目と、「父親像」に対する固定観念のずれがあります。
- 男性差別・蔑視:直接的に「男性差別だ」との批判が殺到しました。
- 父親の心情への配慮不足:特に仕事で忙しく、子育てに十分関われない父親がこのフレーズを目にした場合、大きなショックを受けるであろうことは容易に想像できます。
- 夫婦間の対立の助長:商品に印字されたフレーズが、もし母親が購入した場合、父親への不満を子供を介して伝える「精神的DV」と捉えられる可能性も指摘されました。
- 時代錯誤なジェンダーバイアス:母親に対するポジティブな言葉が多い一方で、父親に対してはネガティブな言葉が並び、あたかも「子育ては母親がやるもの」「父親は子供に嫌われる」といった古い感性や偏見を企業側が助長しているかのように受け取られました。現代では共働き世帯が多く、妻の帰宅が遅い家庭や、父親が在宅勤務で子育てを分担する家庭も少なくないため、「パパはいつも帰り遅い」や「いつも寝てる」といった表現が現実とずれていると感じられたのです。
- ダブルスタンダードへの反発:「『パパ』と『ママ』が反対だったら大炎上している」という指摘があり、「パパなら皮肉ってもいい」という風潮がいまだ残っていることへの不満が噴出しました。実業家の堀江貴文氏もこの見解に共感し、働く父親の苦労や「お小遣い制」への疑問を呈し、「世の中のお父さん、もうちょっと抵抗しましょう」と呼びかけ、多くの共感を集めました。
- 子供への影響:子供がこれらの服を着用することで、「母と子が結託して父親をないがしろにする」という構図ができてしまうことへの懸念も示されました。
企業の対応:実施内容と反応
『バースデイ』は炎上を受けて、販売開始翌日の7月30日という比較的迅速な対応で、公式Xアカウントにて謝罪文を発表し、商品の販売中止を決定しました。同社は今後「お客様視点に立った商品企画を行ってまいります」と改善を約束しています。
しかし、対応には一部批判もありました。
謝罪への賛否
Xでは「なぜ企画が通ったのか」「販売前に気づかなかったのか」といった、そもそもの企画体制への指摘が絶えませんでした。一方で、Instagramでは「販売中止はやりすぎ」「いちいち謝罪するとクレーマーが増えるだけ」といった擁護的なコメントも見られ、対応自体への意見も分かれました。
SNS投稿の削除
コラボ商品の紹介ページやSNS投稿が削除されたことについては、炎上ウォッチャーから「問題をなかったことにしたいのでは」という疑念を招き、「消せば増える」というSNSの合言葉の通り、第三者による画像転載を増加させ、さらに企業側がコントロールしづらくなるという指摘がなされています。
SNSの反応:感情のトーンや拡散ルート
今回の炎上は、SNSの特性が色濃く出た事例と言えます。
X(旧Twitter)の批判層
Xでは、主に「男性差別」「父親への侮蔑」「育児参加意識の時代錯誤」といった批判的な意見が多数を占め、拡散の主軸となりました。堀江貴文氏のようなインフルエンサーがこの問題について発信したことも、拡散に拍車をかけました。
Instagramの擁護層
一方、Instagramでは、バースデイ側が商品を「ユーモアあふれる」「かわいらしい」と紹介していたこともあり、ユーザーの中には「ネタに反応しすぎ」「販売中止は残念」といった擁護的な意見も多く見られました。これは、元々しまむらグループが「しまパト」などのハッシュタグを通じてInstagramで強固なコミュニティを築いてきた背景も影響している可能性があります。
このように、SNSプラットフォームによってユーザー層や「文化」が異なるため、特定のプラットフォームでの好意的な反応が、必ずしも社会全体の受容度を反映しているわけではないことが浮き彫りになりました。
教訓:他社が学ぶべきポイント+未然防止策
今回のしまむらグループの炎上事例から、広報・プロモーション担当者が学ぶべき重要な教訓と、未然防止策は以下の通りです。
ジェンダー意識の高度な敏感性
「男性を下げる」表現の危険性
かつては許容されていた「おっさんの発想だ」のような表現や、男性を描いて炎上したケースが少なかった時代とは異なり、現在は「男性を下げる」表現も明確に問題視される時代です。特に、育児や家庭生活といったデリケートな領域では、固定観念の助長や偏見を生む可能性のある表現は避けるべきです。
多様な家族形態への理解
現代の家族は、共働き、専業主婦/主夫、育児分担の度合いなど、多様な形態が存在します。特定の親の役割や状況を前提としたメッセージは、多くの人に共感を得られないばかりか、不快感を与えるリスクがあります。
多角的なリスクアセスメント
多様な視点での事前レビュー
商品企画や広告表現の段階で、社内外の多様な属性(年齢、性別、ライフスタイル、SNS利用層など)を持つメンバーによるレビューを徹底することが不可欠です。特に、批判的な視点や異なる受け取り方をする可能性のある視点を取り入れることで、リスクの芽を早期に摘むことができます。
ターゲット層以外の反応の想定
商品を購入する可能性のある層だけでなく、その商品を贈られる人、それを見る人、そして直接関係ないがSNSでその情報に触れる人々がどう感じるかを想像することが重要です。
SNSプラットフォームの特性理解
各SNSプラットフォームのユーザー層や文化、トレンドを深く理解し、それぞれに合わせたリスク評価を行う必要があります。特定のプラットフォームでの好意的な反応に安心せず、「世間」の広範な反応を予測するセンサーを持つべきです。
危機管理における透明性と誠実さ
情報削除の慎重性
謝罪と同時に問題の投稿を削除することは、迅速な対応と見なされる一方で、「問題を隠蔽しようとしている」という不信感を招く可能性があります。なぜ削除したのか、どのような問題があったのかを明確に説明し、透明性を保つことが、さらなる炎上を防ぐ上で重要です。
「お客様視点」の真意
バースデイは今後の改善として「お客様視点に立った商品企画」を掲げていますが、その「お客様」が誰を指すのかを明確にし、特定の層だけでなく、社会全体としてポジティブに受け入れられるようなメッセージを発信していくことが求められます。
類似事例との比較
今回の事例は、ジェンダー表現に関する炎上として、過去の事例と比較することで、その特異性と現代社会の変化を理解できます。
過去のジェンダー炎上の多くは女性が対象
これまでのジェンダー表現に関する炎上事例の大半は、女性の外見・容姿(ルッキズムや性的な表現)やジェンダーバイアス(性役割や固定観念)に関するものでした。男性を描いて炎上したケースは少なかったのが実情です。
「男性下げ」表現の許容度の変化
- 20年ほど前の日本経済新聞の「女は変わった。男はどうだ」という駅貼り広告は、当時炎上していませんでした。
- 2011年のコカ・コーラ「ジョージア」のCM「男ですいません。」シリーズも好評で炎上していませんでしたが、現在なら「男性のイメージを固定化している」と批判される可能性も指摘されています。
- 2017年の牛乳石鹸のWEB動画「与えるもの」篇は、父親の「身勝手な」行動を擁護する内容として批判されましたが、男性全体を貶めるものではありませんでした。
現在の厳しい目
直近では、大正製薬「リポビタンD」の広告が女性の性役割の固定を想起させると議論を呼ぶなど、男女の役割分担を描いた作品に対する世間の目は年々厳しくなっています。特に、今回のバースデイの事例のように、明確に「男性を下げる」ような内容は、現代では許容されないものと認識すべきです。社会的弱者が強者を批判することは許容されやすいという通念がある中で、かつての「強者」とされていた男性に対する「下げ」表現も、その境界が曖昧になりつつある現代では、問題視される可能性が高まっているのです。
まとめ:行動につなげる振り返り
しまむらグループの今回の炎上は、広報・プロモーション活動において、製品やメッセージが社会に与える影響を多角的かつ深いレベルで考察することの重要性を改めて浮き彫りにしました。
今後、企業は、単に「売れる」デザインやフレーズを追求するだけでなく、それが多様なステークホルダーにどのように受け取られ、どのような感情や社会的な議論を生むかを緻密に予測する能力が求められます。特にジェンダーに関する表現においては、過去の成功体験や社内の常識に囚われず、常に社会の価値観の変化にアンテナを張り、「誰かを貶めることなく、全ての人を尊重し、ポジティブなメッセージを発信していく」という強い意識を持つことが、未然防止の鍵となります。
これはまるで、目的地へ向かう船の航海に似ています。かつては追い風だったものが、いつの間にか逆風に変わっていたり、穏やかな海に見えても、その下には予測不能な潮流が隠れていたりするものです。広報担当者は、風向き(社会のトレンド)を常に敏感に察知する帆、水深(潜在的なリスク)を測るソナー、そして多様な視点を持つ乗組員(チーム)を揃え、安全な航路を選び続ける羅針盤となるべきです。
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