スウォッチ「つり目」広告炎上から学ぶ、グローバル時代のプロモーション戦略

関根健介 | 2025/08/29

スウォッチ「つり目」広告炎上から学ぶ、グローバル時代のプロモーション戦略

スイスの時計大手スウォッチ・グループが、アジア系の男性モデルが手で目尻を引き上げ「つり目」のようなポーズをした広告を掲載し、中国のSNSを中心に「アジア人差別だ」と強い非難を浴び、最終的に謝罪・広告削除に追い込まれた問題は、記憶に新しいことと存じます。

この「つり目ポーズ」は、アジア人の細い目を揶揄するジェスチャーとして国際的に広く知られており、欧米でアジア人の顔の特徴を侮辱する際に歴史的に使われてきました。中国ではスウォッチ製品の不買運動に発展し、ブランドイメージは「崩壊した」との厳しい声も上がっています。

この一連の騒動は、企業のプロモーション活動において、「文化的多様性への想像力の欠如」と「組織内の構造的欠陥」がいかにブランド価値を毀損するかという、看過できない教訓を示しています。本稿では、この事例から得られる学びと今後の注意点について解説します。

 

事実の整理

スウォッチは、「スウォッチ エッセンシャルズ(SWATCH ESSENTIALS)」の新作キャンペーンの一環として、アジア系の男性モデルが両手で目尻を引き上げて「つり目」のポーズを取る画像をウェブサイトに掲載しました。この広告は、中国のインターネット上で急速に拡散され、直ちに「アジア人への差別だ」との批判が殺到しました。

これを受け、スウォッチは8月16日、中国のSNS「ウェイボー(微博)」および公式インスタグラムで謝罪文を投稿し、問題の広告画像を全て削除しました。謝罪文では、「今回のことが招きうる苦痛や誤解に対し、心よりお詫びする」と述べられています。


スウォッチにとって、中国市場は極めて重要であり、グループ全体の売上の約27%(ロイター通信による)、あるいは「大中華圏」が全体の約3分の1から4割を占める報じられています。2025年上半期の決算では、大中華圏での消費減退などが原因で純利益が前年同期比88.4%減と落ち込んでいた背景もあり、今回の炎上は業績回復の兆しが見え始めていたタイミングに水を差す出来事となりました。

炎上のポイント

今回の炎上の核心は、アジア人を侮辱するジェスチャーとして明確に認識されている「つり目ポーズ」を、モデルが「意図的に両手で目尻を引き上げる」形で広告に用いた点にあります。これは「芸術的表現の誤解」という言い訳の余地を完全に消し去り、ユーザーからは「明らかにやらなくていいことをやっている」「なぜこんな人を馬鹿にした広告を出すのか」と強い反発を招きました。

主な炎上のポイントは以下の通りです。

  • 人種差別的なジェスチャーの無理解: 「つり目ポーズ」が、欧米でアジア人を揶揄する際に用いられてきた歴史的・政治的文脈を持つことを、スウォッチのクリエイティブチームや意思決定層が認識していなかった可能性。ロイターへの釈明で「こうした仕草の及ぼす影響を認識しなかった、やる気のある若いチームのしくじりだった」と述べたことは、この認識不足を裏付けているようにも見えますが、同時に「想像力と共感性の欠如」を指摘する声も上がっています。
  • 組織内の「文化的デカップリング」: スウォッチのようなグローバル企業において、本社の意思決定中枢(グローバル本社)と市場感覚器(現地法人・消費者)との間の情報フィードバックループが機能不全に陥り、両者が異なる文化的現実(リアリティ)を生き始める現象、すなわち「文化的デカップリング」が発生していたと分析されています。本社にとっては「無害」あるいは「創造的」なアウトプットが、現地市場では「致命的」なダメージを引き起こしたのです。
  • 「多様性」の形骸化と「権威の勾配」: 企業内に多様な文化を持つ人々が「いる」ことと、その知見が意思決定に「活かされている」ことは全く異なります。本社がクリエイティブやマーケティング戦略の最終決定権を握る「上意下達」の構造は、現地法人からの文化的なリスク情報を適切に吸い上げ、意思決定に反映させることを阻害します。これは「組織の免疫システムの完全な崩壊」と表現されるほどの深刻な問題です。
  • 過去の同種事例からの学習不足: 過去にも、ディオール, ドルチェ&ガッバーナ, H&M, ナイキ, アディダス など、多くのグローバルブランドが同様のアジア人差別問題で炎上し、不買運動に直面しています。しかしスウォッチはこれらの「他山の石」から学ぶことができず、「我々は違う」という「生存者バイアス」や「例外主義」に陥っていた可能性が指摘されています。

ユーザーの感情は極めて強く、「ブランドのイメージは崩壊した。謝罪すれば全てが解決できると思っているのか。そんな単純な話じゃない」、「利益について恐がっているだけだ」、「謝罪してもいいが、私は許さない」といった厳しい声が多数見られました。また、アジア系のモデルにそのポーズをさせたこと自体が「屈辱的」だという意見も上がっています。

企業の対応と評価

スウォッチは迅速に広告を取り下げ、SNSで謝罪文を投稿しました。しかし、この謝罪は批判を完全に鎮めるには至っていません。

多くのユーザーや専門家からは、以下のような評価がされています。

  • 表面的な謝罪と対症療法: 「苦痛や誤解を与えた」という謝罪文は、問題の根深さに対する認識が不足していると受け取られかねません。広告の削除と謝罪はあくまで「対症療法」であり、根本的な組織構造や意思決定プロセスの変革が伴わない限り、同様の過ちは繰り返されるという見方が強いです。
  • 「若いチームのしくじり」発言の危険性: ロイターへの「やる気のある若いチームのしくじり」という釈明は、問題の責任を末端のチームに押し付け、組織全体のガバナンスの問題を矮小化していると受け取られる可能性があります。ブランド戦略家からは「決してうっかりではなく、承知の上で自社のブランド価値と相容れないと人物を起用している。避けられたはずの失敗だ」という苦言も呈されています。

 

 

学びと今後の注意点

今回のスウォッチの事例から、炎上リスク担当者が学ぶべき教訓と今後の広報・プロモーション活動における注意点は多岐にわたります。

  1. 「文化的デカップリング」の克服と「組織的免疫システム」の再構築

    • 本社と現地市場の「認識の崖」を埋める: グローバル企業は、本社と現地市場との間で文化的な認識に大きな隔たりがあることを常に認識する必要があります。この隔たりが、現地からの警告を無視したり、その重要性を理解できなかったりする「組織的免疫システム」の機能不全を引き起こします。
    • 現地法人への権限委譲と拒否権の導入: クリエイティブや大規模なマーケティング戦略の最終承認プロセスに、主要市場の文化専門家による「拒否権付きの事前レビュー」を組み込むなど、現地法人の「感覚器」としての機能を強化し、本社の権威の勾配を是正することが不可欠です。
  2. 「多様性の存在」から「包摂(インクルージョン)の機能」へ

    • 意思決定層の多様化と意見の尊重: 組織内に多様な文化を持つ人々が「いる」だけでは意味がありません。その人々の意見や視点が、意思決定に実質的な影響を与える「包摂(インクルージョン)」の文化を醸成し、意思決定中枢が文化的に均質な「エコーチェンバー」と化すことを防ぐ必要があります。
  3. 他社事例からの「集合知」の積極的な活用

    • 「生存者バイアス」と「例外主義」の克服: 過去の他社の炎上事例を「対岸の火事」として矮小化せず、「あれはD&Gの特殊なケースだ」「我々のブランドはもっと洗練されている」といった安易な認知バイアスを排し、自社の未来における致命的リスクの「高忠実度シミュレーション」として真摯に学ぶ姿勢が不可欠です。
    • 業界横断的な情報共有の模索: 航空業界が墜落事故の原因を徹底的に共有し、業界全体の安全性を高めてきたように、文化的な失敗事例を「罰する」のではなく、「業界全体の資産」として共有し、そこから学ぶ「業界横断的な免疫システム」の構築が、長期的には個々のブランドの持続可能性を高めるでしょう。
  4. 「攻めの広告戦略」と「アテンション・エコノミー」のリスク認識

    • 短期的な注目と長期的なブランド価値のバランス: 瞬時に注目を集めることに価値がある「アテンション・エコノミー」の時代において、「攻めの広告戦略」が増える傾向にあります。しかし、短期的な注目獲得が、長期的なブランド価値の毀損や大規模な顧客層の喪失に繋がりかねないことを深く認識し、バランスの取れた戦略が求められます。

今回のスウォッチの事例は、グローバル市場でビジネスを展開する企業にとって、文化的多様性への深い理解と、それを支える組織体制が、もはや「あれば望ましい」ものではなく、「企業存続の必須条件」であることを改めて示唆しています。

 

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AUTHOR PROFILE

  • 著者:関根健介
ループス・コミュニケーションズ所属。某コンサルティング会社にてWebマーケティングやバイラルマーケティングを経験した後、数年放浪し2011年12月からループスへジョイン。ソーシャルメディアの健全な普及をねがい日々精進しています。関心のあるテーマはO2O・地域活性×ソーシャル・医療×ソーシャル・ソーシャルコマース ま〜ソーシャル全般です。 【座右の銘】 意思あるところに道あり 【Facebook】www.facebook.com/kensuke.sekine.7 【Twitter】 @kensuke_sekine
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