前回の記事では、ソーシャルリスニングをマーケティング施策に活用する手法として、フィリップ・コトラーが提唱する購買プロセス「5A」をもとに、生活者のツイート傾向を整理し、購買行動の分析を試みました。
ソーシャルリスニングを活用して購買行動の変化を分析する
5Aにおける究極の目標は、顧客を認知(Aware)から推奨(Advocate)まで進ませることであるとしています。同時に、各プロセスごとに適したマーケティング手法を考えるべきであるとしています。
そこで今回は、前回の記事で取り上げたミラーレス一眼レフカメラの新製品「EOS R5」と「α7S Ⅲ」 の購買プロセスで発言した人(アカウント)に着目し、購買行動の変化から、態度変容を分析してみます。
なお、今回もソーシャルメディア・アナリティクスツール「Brandwatch」を用いて分析を進めます。
▼この記事をざっくり説明すると▼
・ソーシャルリスニングによって、購買プロセス別のツイート傾向が分かる
・各プロセス別の話題・人に着目することで、態度変容の原因が分析できる
・これにより、パーチェスファネルを推計することができる
・言及対象の変化から、購買行動に影響を及ぼした原因の追跡ができる
購買プロセス別のツイート傾向
下の円グラフは、「EOS R5」と「α7S Ⅲ」 の「認知」から「推奨」までの、全ての購買プロセスで発言した人のユニークユーザー数です。
このグラフでは、「EOS R5」が9,743名、「α7S Ⅲ」が2,305名でした。そのうち、両方で発言している人は953名でした。前回の記事でもツイート数は「EOS R5」のほうが6倍程度多い結果でしたが、ユニークユーザー数は「EOS R5」のほうが4倍弱多くなっています。
なお、取得した対象は、2020年6月25日~2020年8月14日までの2か月間に、それぞれの機種の各プロセスに関連する抽出条件を設定し、ソーシャルメディア・アナリティクスツール「Brandwatch」で取得したツイートです。この中で、同じアカウントから投稿されたツイートを一つに集約し、ユニークユーザー数を求めました。
購買プロセス別のツイートも見てみましょう。
下のグラフに、上記のユニークユーザーを母集団として、「EOS R5」と「α7S Ⅲ」の購買プロセス別でツイートしたユニークユーザー数をしめします。「EOS R5」の認知プロセスでのユニークユーザー数は6,329人でした。
これは、「EOS R5」のユニークユーザー数9,743名の65%にあたります。「α7S Ⅲ」では1,722人でユニークユーザー数2,305人の75%にあたります。いずれも「認知」プロセスのユーザー数が最多で、「推奨」プロセスが最小となっています。
※「認知」「訴求」「調査」「行動」「推奨」の定義など、購買プロセスのフレームワーク「5A」に関する解説は前回記事を参照。
5Aでは、購買プロセスは「認知」→「訴求」→「調査」→「行動」→「推奨」と進むとしています。購買フェーズが進むにつれて対象者も絞られていく、パーチェスファネルの考え方と傾向も合致します。「α7S Ⅲ」は「認知」〜「推奨」と購買プロセスが進むにつれてユニークユーザー数が単調減少していることが分かります。
しかし、「EOS R5」は「訴求」よりも「調査」のほうがユニークユーザーが少し多くなっています。このカメラを「欲しい」「買いたい」などとツイート(訴求)した人の多くが、カメラの詳細を調べたり、他のカメラと比較検討したり、調査へ移ったことが推測されます。
購買プロセスの遷移分析
購買プロセスごとのユーザーの傾向を掘り下げてみましょう。下表は、各プロセスのツイートで他のプロセスでもツイートしているユニークユーザー数をまとめたものです。
上記のグラフでは、例えば「EOS R5」の「認知」プロセスでツイートした6,329人のうち、「訴求」プロセスでツイートした人は1,543人であることを示しています。
特に「EOS R5」の「認知」プロセスでツイートした人のうち「調査」プロセスでツイートした人は1,665人と、「訴求」プロセスでツイートした1,543人よりも多いことが分かります。
パーチェスファネルのモデルを考えると「訴求」プロセスのほうが「調査」プロセスよりも人数が多いほうが自然であろうかと思います。この不自然さを生み出した原因を調べてみましょう。
購買プロセス別の話題を比較する
「EOS R5」の「認知」「訴求」プロセスの両方でツイートしている人が言及する話題と、「認知」「調査」プロセスの両方でツイートしている人が言及する話題の内容を比較してみました。
下表は、それぞれのユーザーが言及したツイートに出現する単語を名詞と形容詞に分けて上位30語をリストアップしたものです。
「認知」「訴求」「調査」の各プロセスのうち、左は「認知」「訴求」に言及して「調査」には言及していない人、右は「認知」「調査」プロセスに言及したユーザーで、「訴求」には言及していないユーザーを対象としています。形容詞では両方とも好意的な意図をもった単語が上位に並びます。総じて製品に対する好意的な意見がみられます。
そんな中、名詞の頻出語に薄青色で示したようなそれぞれの特徴的な単語が見られます。「認知」「訴求」に言及した人では、「展開」「大丈夫」といった単語が、「認知」「調査」に言及した人では、「29分」「59秒」「残念!」といった単語が確認できます。
それぞれの単語の頻度を高めている投稿を調べたところ、以下であることが分かりました。
「認知」「訴求」に言及したユーザーの投稿で、最もインプレッション(注1)が高いツイートは、以下のオーバーヒートに関する記事のリンクツイートです。ツイート日は7月10日、発売日の翌日ということもあり「EOS R5」に関心を持った人々が心配している様子が伺えます。
おっと、この展開は期待してませんでした。 昨日発表されてばかりですけど… R5、大丈夫か?https://t.co/Rq11bHnmmf#EOSR5 #EOSR6 #canon #キャノン #ミラーレス #sony #α7SIII
— Cinemagear 映像制作info (@Prosumer_Camera) July 9, 2020
「認知」「調査」に言及したユーザーの投稿で、最もインプレッションが大きいツイートは、YouTuber 瀬戸弘治(eguri89)さんの動画を紹介する以下のツイートでした。ツイート本文に「どっちを買えばいいか」という文言があり、「調査」プロセスのツイートと評価されました。
動画撮影時間は29分59秒までだそうです!
— 瀬戸弘司 Koji Seto (@eguri89) July 9, 2020
ユーチューバー的には残念!!!
【実機レビュー!】EOS R5 / R6 発表!スペックの違いを確認すればするほど、どっちを買えばいいかわからなくなる!!!https://t.co/PHT2T8PQBd pic.twitter.com/kj5SJJmpiP
このツイートは発表当日の7月9日に投稿されています。引用リツイートのコメントを読むと、瀬戸さんの仕事の速さに驚嘆していると同じくらい、動画撮影時間の制約に関心が寄せられていることが分かります。これが「調査」プロセスのツイート量が増加した原因です。
以上のように「EOS R5」自体については総じて好意的なツイートが多い中、動画撮影機能に関する特別な話題(熱停止、動画撮影時間の制約)にも注目が集まり、通常の購買プロセスに影響を及ぼしたことが分かります。
(注1) インプレッション:
ソーシャルメディア・アナリティクスツール「Brandwatch」が独自に算定した投稿者とリツイート者のフォロワーを合計して計算された潜在的な視聴者数。
態度変容の原因分析
両方の機種に関する言及があった人に着目してみましょう。
下表は、両機種について言及している人数を示しています。例えば、「EOS R5」と「α7S Ⅲ」の両方の「調査」プロセスでツイートしているユニークユーザーは174人であったことを示しています。
この人たち「調査」プロセスの次の「行動」プロセスの言及を分析してみましょう。下のバブルチャートは、「調査」プロセスで両方の機種について言及したユーザー174人の「行動」プロセスでの言及状況を示しています。
グラフの通り、174名のうち「行動」プロセスで「EOS R5」だけの言及があった人は33人、「α7S Ⅲ」だけの言及があった人は133人です。これらの方々は、「調査」プロセスでの検討結果、「行動」プロセスで態度が変容したと考えられます。
彼らが引用したツイートに含まれるアカウントの出現頻度の分布を下図に示します。下図には、いずれかのグループで10件以上の出現が確認されたアカウントをピックアップしています。
例えば、瀬戸弘治(eguri89)さんは、「行動」プロセスで「α7S Ⅲ」だけの言及があった133人のツイートの中で60回出現しています。
一方、「行動」プロセスで「EOS R5」だけの言及があった33人のツイートでは、1回しか出現していません。
つまり、 瀬戸弘治(eguri89)さんの言及が両機種の「調査」プロセスにいた人を「α7S Ⅲ」の「行動」プロセスに進化させる影響があったのではないかと推測されます。実際に多くの人に引用されたツイートには、以下のようなものがありました。
Sony α7S III、予約完了!
— 瀬戸弘司 Koji Seto (@eguri89) August 4, 2020
価格は404,910円でした!#α7SIII pic.twitter.com/QdKetpphys
この投稿は8月4日ですが、8月1日には以下の動画を公開されています。
このあたりが、「調査」フェーズの方々に大きな影響を及ぼしたことがわかります。
一方で、田中希美男(@thisistanaka)さんは、「行動」プロセスで「EOS R5」だけの言及があった33人のツイートに12回出現しています。しかし、「行動」プロセスで「α7S Ⅲ」だけの言及があった133人のツイートでは1回も出現していません。以下のように「EOS R5」を絶賛されています。
カメラを取り巻く世界は厳しく暗くて鬱な状況が続きますが、そんな中でキヤノンから注目のEOS R5とEOS R6が発表されました。
— 田中希美男 (@thisistanaka) July 18, 2020
とくにEOS R5は、画期的なカメラ、と言ってもいい。少しだけ操作してみたり、備わっている機能や機構のスペックを見たり聞いて、気持ちの良いショックを受けました。
それはともかく、撮れなかったものが「撮れる、写せる」ことの意味は大変に大きく、そして価値のあることです。言い過ぎかもしれないが、EOS R5を使えば今までの写真的人生観が変わるかも。
— 田中希美男 (@thisistanaka) July 18, 2020
EOS R5が好きとか嫌い、良いとか悪いとかの話は横に置くとして、記念碑的カメラであることは確かです。
また、同様に「EOS R5」の「行動」プロセスで言及があった人の言及で出現頻度の高いとるなら(@FukuiAsobiWeb)さんも「EOS R5」を高く評価したブログ記事を紹介しています。
このページではEOS R5を数日使ってみた第一印象を掲載しています。次世代のEOSミラーレスと感じさせてくれるポイントが多く、高価なカメラですが満足度の高い1台。 https://t.co/Jfv1PdVmqy
— とるなら (@FukuiAsobiWeb) August 7, 2020
まとめ
以上のように、人(アカウント)に注目してツイートを分析することで、次のような知見が得られました。
①パーチェスファネルを推計することができる
ツイート件数だけでなく、言及しているユニークユーザー数の推移を集計することで、商品のパーチェスファネルを推計することができます。
なお、今回の事例では各購買プロセスの人数を単純に列記していますが、「認知」プロセスの人を母集団として、次のプロセスでも言及があったユニーク数を各々計測することも可能です。その結果を下のグラフに示します。
どのくらいの割合の方が次の購買プロセスに遷移したかがよく分かりますね。以上のような傾向をがつかめれば、各プロセスにおける認知施策の効果測定にも活用できると考えます。
②購買行動に影響を及ぼした原因を追跡できる
今回の事例では、「調査」プロセスから「購買」プロセスへの遷移における言及対象の変化から態度変容した人と原因を推計することができました。とくに少数の影響力のあるアカウント、いわゆるインフルエンサーのパワーを実感できました。このようなことが把握できれば、施策を計画する際の参考になります。
NTTレゾナントは「購買行動におけるクチコミの影響」に関する調査の結果にもとづき、「実際にクチコミで購入を決めた(やめた)経験がある人は7割弱。」であるとしています。
ツイートからだけでは、実際の購買行動に確実につながった割合を計測することはできませんが、ソーシャルリスニングを活用することで、POSデータなどでは取得できない、購買過程の葛藤の様子や、影響を及ぼした人(アカウント)を推計することはできそうですね。
ループス・コミュニケーションズでは、ソーシャルリスニングの戦略立案から導入、運用サポートまで、ソーシャルリスニングのビジネス活用支援を行っています。まずはお気軽にお問い合わせください。